黒って、こわいの?|後編
第3回のWONDER「黒って、こわいの?」をテーマにしたアンケートを通して得られたのは、意外にも多くの人にとって、黒という色そのものは「こわくない」という結果。しかし一方で、「子どものころ夜中に目が覚めたとき、暗闇が迫って来るような感覚におそわれた記憶が忘れられません」、「長野・善光寺の戒壇巡りはこわかったです。体験したことのない真っ暗闇でした」など、黒=闇として見たときに、黒をこわいと感じた経験があるという回答も多く見られた。
みなさんが抱くさまざまな「黒のイメージ」の根幹には、一体何があるのか。
語源や色彩感情の変化など、時代をさかのぼりながら、黒のイメージについて教えてくださったのは、日本色彩研究所で常務理事を務める、名取和幸先生だ。
名取和幸
色彩心理学者
一般財団法人日本色彩研究所常務理事、研究第1部シニアリサーチャ。人が、色をどのように見て感じるかを調査や実験から探求し、環境や商品の魅力と機能性を高めるようカラーデザインの設計・コンサルを行う。専門は色彩嗜好、色のユニバーサルデザイン、色と絵本など。女子美術大学、東洋大学、沖縄県立芸術大学非常勤講師。日本色彩学会。日本心理学会、日本建築学会他会員。著書に『要点で学ぶ、色と形の法則150』他。
色を認識する、3つのアプローチ
前提として、色を認識するとき、人間は3つのアプローチを無意識に行っています。
それは、実際に目で「見える」、学びを得て理解することで「わかる」、個人的な経験を経て「感じる」というものです。僕はこれらを「①見える色」「②わかる色」「③感じる色」と呼んでいます。
「①見える色」というのは、わかりやすく、目で見たままの色(=色の素材)。
この段階では感覚的に色を見ているだけで、意味は伴いません。
次に「②わかる色」というのが、経験によって、意味や名称を伴うようになった色(=色の認識結果)のことです。
会話をしたり、本などの情報から学びを得ることで「カラスの色はこんな色」というふうに、色の典型を認識できるようになります。例えば、カラスの色を伝えるとき、黒という言葉を知らない人が説明しようとするといくつもの回答が出るのに対して、黒という言葉があればひと言で済みますよね。つまり、共通言語によって区別が付けられるようになり、他者と認識を合わせることができるようになった状態を指します。ある意味「社会化された色」だと言えるので、「わかる色」は、環境や文化によって認識に差が生まれることもあります。
最後の「③感じる色」とは、自分の経験、環境や文化によって、印象や気分を伴うようになった色(=色の感情効果)のことです。
例えば、会話や本などから「カラスは不吉な存在である」という知識を得たことや、自らがカラスに攻撃されたというような経験から、「カラス=不吉、こわい」という印象を抱くようになり……それが、「黒=不吉でこわい色」というところに結びつく。知識や経験が蓄積されていくことによって、自分の中に「感じる色」が生まれ、無意識下のイメージとしてすりこまれていき、結果として、個人差が広がっていくのです。
「見える色」、「わかる色」、「感じる色」。色をイメージする背景にある、認識の仕方をあらためて整理することで、今まで当たり前にしていたこと、無意識に行っていたことを理解できるようになってくる。この感覚をヒントに「黒のイメージ」に個人差が生まれる理由を探ってみよう。
まず、「見える色」について。「見える色」はイメージ以前にあるもののため、個人差はあまり生まれないものだと思われる。「わかる色」については、どうだろうか。「黒を想像してください」と言われたとき、闇を想起するか、物体を思い浮かべるかに大きく分かれるだろう。「感じる色」は、同じ黒でも闇と黒い物体で、それぞれにきっと違うはずだ。「わかる色」が2つに分かれ、そのうえに「感じる色」が積み上がっていくことで、黒のイメージは他の色よりも個人差が生まれやすいのだろう。
闇なのか、物体なのか。「わかる色」の認識で大きく2つに分かれてしまう黒。そのカギとなるのは、「黒」という単語だ。そもそも「黒」という単語は、どのように生まれたのだろうか。私たちの祖先は何を見て、色を言語化し、区別をつけてきたのだろうか。
古代日本に存在していた色名称について、名取先生にお話をうかがってみた。
日本で最初に生まれた色名称は、4種類だけ?
古代の日本では、色を表す言葉は4つだけだったと言われています。明暗顕漠(めいあんけんばく)という色彩観をもととする「光の状態」。明、暗、顕、漠とは、現代でいう赤、黒、白、青ですが、当時においては色合いではなく、あくまでも「光の状態」を表すものだと考えてください。(佐竹昭広説)
「明」「暗」「顕」「漠」の4種は、図のような関係を成すと考えられています。
まず明と暗が対になっています。「明」は夜明けの「明るい」であり、「暗」は陽が沈んだ状態の「暗い」「闇」、大きくいうと、明るさの違いです。このうち明るいが「赤」、暗いが「黒」の語源とされています。
それから、顕と漠。「顕」は陽が昇って色々なものがくっきりと明瞭に見えるようになった状態で、「漠」は漠然としていて不明瞭な状態。現代でいうところの緑やグレーも、当時の「漠」に含まれます。
当時の「明」「暗」「顕」「漠」は、色名称というより、その瞬間の様子や雰囲気を表す言葉として、用いられていました。
多少の語弊はあるものの、「明暗顕著」を、現代の色に置きなおすと、明=赤、暗=黒、顕=白、漠=青となります。これら4つの名称は、「赤い」「黒い」「白い」「青い」など、形容詞として用いることができることからも、この4つが日本において色を表す言葉の起源とされている理由です。黄、緑などは、現代の日本において一般的な色名称ではありますが、「黄い」(「黄『色』い」など、『色』をつける必要がある)や「緑い」のように、「~い」という言葉としては、成立しないのです。
「黒」という色名称は、「太陽が沈んだ闇の状態、暗い、暮れる」(「暮れ」から「クロ」という言葉が生まれた説もあるのだという)が、由来として広く伝わっている。ほかに「水底によどむ黒い土や泥」といういわれもあるようだが、当時の人々が抱いていた「黒のイメージ」も、やはり「闇」との関係性が深かったのだろうと想像することができそうだ。
色に抱く感情は、何によって生まれるの?
では、ここからは「色から引き出される感情=色を見たときにどう感じるか」にフォーカスをあててお話をしていきたいと思います。先に結論を言ってしまうと、色彩感情は「体験」によってつくられるものだろうということは、間違いないといえるでしょう。
【根源的色彩感情】
すべての色において、色に抱く感情のベースにあるのは「根源的色彩感情」だとされています。「根源的色彩感情」とは、時代や国境を越えて、人なら誰もが感じるイメージの根本のようなもの。
「黒」という色にフォーカスして説明すると、やはり世界中いつどこの人でも、「黒の体験」として「闇」があると思うんです。「闇」が広がる世界では、急に動物に襲われるかもしれない、穴に落ちてしまうかもしれないなど…「不安、恐怖、死」が近くにありますよね。だから、黒が持つ根源的な色彩感情としては、闇に抱く「こわさ」となると思われます。
【色彩象徴】
「根源的色彩感情」の上に積み重なる「色彩象徴」は、社会や文化などが規定する色のイメージ。普遍的な「闇のこわさ」のうえに、時代や文化、慣習とともに変わる「色彩象徴」が積み重なっていきます。
例えば「葬儀」と言われて思い浮かべる色は、何色でしょうか? 日本では喪服の「黒」のイメージが強いのに対して、中国では喪の色とされている「白」を連想する人が多い。同じ「葬儀」でも、文化や慣習によって思い浮かべる色は違うのです。また、文化、慣習は時代によっても移り変わっていくものなので、日本で「ファッション性の高い色」として黒が流行してからは、社会における黒に対する色彩感情が変化していたりもします。
【個人的体験】
個人の体験によって、それぞれが抱く色の意味(感情)が変わり得るということも考えられます。黒については、今回種人の話にもあるように、幼少期犬の散歩をしていて闇に包まれる怖さを経験した人にとっては、他の人よりも「こわいもの」になるかもしれない。けれど、黒をまとったキャラクターにかっこいいと好意的な感情を抱いた少年にとっては、「寡黙」や「思慮深い」といったイメージが付くこともあります。過去の体験から生じた想いや考えと無意識的に結びつき、否定意識が色に対する嫌悪感というかたちで現れるということです。
色のイメージを決めていく要素として「見える色」「わかる色」に加えて「感じる色」がある。名取先生からは「感じる色」を理解するアプローチとして色彩感情の説明をしていただいたが、色彩感情とは、生き物としての根源的な感覚(根源的色彩感情)をベースに、場所や時代における文化、慣習(色彩象徴)と、一人ひとりの経験(個人的体験)が積み重なって形成されていくもの。「わかる色」としての黒い物体、闇それぞれに、こうした色彩感情が重なることで、黒のイメージは、一人ひとりのなかで膨らんでいくのだろう。
時代とともに蓄積された、黒のイメージ
色彩感情をつくる要素の一つに「色彩象徴」がある通り、どんな色も、そのイメージは時代や環境によって変わる。まだ電気のなかった時代と現在で世界がどれだけ変わったかを学べば、昔と今で黒のイメージにも劇的な変化が起こったことは想像できるだろうが、実は黒のイメージは、文明が発達した現代社会以降の数十年の期間でみても、違いがあるのだという。
「黒」は時代ごとに体験が蓄積されていて、世代ごとの受け取り方に差が生じている色だと言えます。次の図を見ていただくとわかりやすいように……
「黒」はまず、人類共通の体験として「闇」が根本にあることで「不安、おそれ、死」という普遍的なイメージがついているのだろうと考えています。
それをベースに、日本文化の発展とともに「黒は特別な場の色」という認識が強まり、長い歴史のなかで婚礼、葬儀の礼服の色として使われていた黒を「特別な色」「格式高い色」として扱うようになっていきます。その後、1980年代後半になるとヨウジヤマモトによるファッションとしての流行もあり、「ファッショナブル」や「スタイリッシュ」、「美しい」などのトレンドが日本にも逆輸入され、黒い服の大流行が起こります。「ファッション性が高い」というイメージから、服に始まったものが、家電やインテリアにも反映されていき、ひとつのムーヴメントとなっていきました。
そして、現代に近づくにつれて黒ブームも段々と落ち着いていき、いまではコーディネートしやすい定番色として、広く浸透しています。
高級感のある質感の洋服に使われていたり、手ごろな価格のTシャツにも使われたり、いまでこそ、かなり多様化はしていますが……大きくは図のような流れで、体験が積み重なっていくことで、世代による受け取り方(イメージ)も違ってくるのが「黒」の特徴だと思っています。
名取先生をしても、「黒」は時代を経てさまざまなイメージが蓄積されることで複雑化し、多面性が獲得されている「特別な色」だという。
中編のアンケートで「黒をこわいとは思わない」という回答が多く見られたことも、時代の変化に伴って「黒」が身近な色になってきたこと、闇が遠い存在になっていることを考えると、納得の結果…なのかもしれない。
「黒って、こわいの?」という疑問に対して、ピアノで奏でられる音で想像してみたり、アンケートによる調査をしてみたり、専門家から学んでみたり……「黒のイメージ」をさまざまな角度から探求してきた。
そうして得られた答えは、そもそも、原始的、生理的には「黒はこわい色であるということ」。一方で、個人の知識・経験、時代の文化・環境的な要因から、現代においては「ただこわいと感じる色でもなくなっているということ」。
普遍的なイメージをベースに、環境や文化、さらに私たちの経験の分だけ、黒という色は、いまも、これからも多様な認識が広がりを続けていく。30年後、40年後……私たちが黒と対峙したとき、そこにはどんな黒のイメージがあるだろうか。いまとはまた、違った感じ方がきっとあるに違いない。
名取和幸
色彩心理学者
一般財団法人日本色彩研究所常務理事、研究第1部シニアリサーチャ。人が、色をどのように見て感じるかを調査や実験から探求し、環境や商品の魅力と機能性を高めるようカラーデザインの設計・コンサルを行う。専門は色彩嗜好、色のユニバーサルデザイン、色と絵本など。女子美術大学、東洋大学、沖縄県立芸術大学非常勤講師。日本色彩学会。日本心理学会、日本建築学会他会員。著書に『要点で学ぶ、色と形の法則150』他。
山下あい
「黒の研究所」研究所員
インテリア業界で広報・PRを担当したのち、フリーのライターへ。ライフスタイル全般において、インタビューや取材記事を執筆。同時に、SUNDAY ISSUE / Cat’s ISSUEのメンバーとして商品企画やメディアに携わる。猫やカルチャー、料理が好き。