「黒にまつわる映画の話」
有坂 塁 研究員

黒にまつわる映画の話

研究員の有坂塁さんが、映画に登場する印象的な「黒」や
映画の世界観をより深める「黒」の効果についてお話するコラムです。

白黒映画のススメ

みなさん、白黒映画って、見たことはありますか? ズバリ、苦手意識を持っている人が多くいらっしゃるのではないでしょうか。

最近のテレビや映画を見ていると、いろんな情報が詰め込まれていて展開が早い。僕たちは無意識のうちにその刺激が当たり前になりすぎているから、情報が削ぎ落とされた白黒映画が退屈に感じたり、リラックス効果が強すぎたりする。はっきりとはわかりませんが、眠気を誘ってしまう理由はそこにあるんじゃないかな。

昔はカラー映画が作れなかったので、白黒の映画が当たり前でしたが、現代も白黒映画の新作は毎年登場していますよね。音すらもない “サイレント映画” を見て育った100歳くらいのおじいちゃんからすると、カラー映画が登場したあとに白黒映画の新作が登場し続けるなんて思いもしなかったと思うんです。

なぜ、白黒映画はなくならないのか? その答えを先に言うと、皆さんがなんとなく見ている白黒映画にも、個性や特徴があるから。

まず、人が普通に生きているなかで、絶対に白黒の風景って見えないじゃないですか。完全にフルカラーの世界で生活していますよね。だから、白黒映画って、その時点ですでにフィクションなんです。非日常であり、ファンタジーであり、神話でもある。そういう世界が、白黒映画にはある。

だから意図的に白黒にしている現代の映画監督は、あえて白黒にしている意味がはっきりあるわけなんです。なので、非日常とかファンタジーっていうところから入ってみると、意味が見えてきたり、白黒なりの良さが見えてきたりします。

色が削ぎ落とされることで、映画の中に出てくる洋服の模様や、お店のロゴがくっきり浮かび上がってくる。色でぼやかされていた部分がなくなるので、形とか輪郭線とか、頬骨がくっきりとして、人の顔がすごく美しく見える。カラーのときには何となくしか見えてなかった情報が、はっきりと伝わるんです。

あとはその光と影の世界。「色」という情報がなくなると、「光」が見えてくるようになります。もちろんカラー映画の中にも「光」はあるんですけど、色でごまかされてるというか。色自体が光って見えちゃうから、それほど光を感じないんです。一方、白黒映画は黒がベースの世界になるので、「光」がより前面に出てくる。

これだけでも、僕は白黒映画にとてつもない魅力を感じます。もっと多くの人に白黒映画を見てほしいと思って、今回はこの冬に見て欲しいおすすめの白黒映画リストをご用意しました。これまで白黒映画で眠くなってしまったという人は、もしかしたら1930-40年代の映画を見ているからかもしれません。現代の白黒映画なら、ご自身に合うリズムの映画がきっと見つかるはず。気になる1本を、クリスマスや年末年始のお供にしてくださいね。

この冬に見てほしい白黒映画 7選

『パリ13区』(フランス)監督:ジャック・オディアール

現代のパリを、カラーではなく、あえてモノクロで映し出した作品。ミレニアム世代・男女4人の日常のスケッチを描いたのは、本作品が発表された2021年に70歳を迎えた、フランスのジャック・オディアール監督。パリ13区という街には、いわゆる “パリ” と聞いて想像する観光客にお馴染みの風景は登場しません。アジア系の移民も多く、開発エリアのため高層ビルが立ち並ぶエリア。ジャック・オディアールは、そんな街並みをあえてモノクロで切り取り、新しい “パリ” をスクリーンに写したんです。

『ベルファスト』(イギリス)監督:ケネス・ブラナー

俳優としても活躍する監督、ケネス・ブラナーが、自身の幼少期の体験をもとに描いた作品。舞台は北アイルランド・ベルファストの街。プロテスタントとカトリックの大規模な暴動のさなか、子どもだった自身の成長や葛藤、家族や友人との思い出をモノクロで鮮やかに表現しています。ほとんどのシーンがモノクロなのですが、実はカラーパートもあるんです。いくつかの時代が描かれていて、過去はモノクロ、現代はカラーみたいな。モノクロのシーンってどこか郷愁を感じさせるんですよね。過去って連想できちゃう。そんな面白さも味わってみてほしいです。

『カラー・オブ・ハート』(アメリカ)監督:ゲイリー・ロス

モノクロのテレビドラマの世界に、双子のティーンネイジャーが迷い込んでしまうストーリー。2人が街にやってきたことで、モノクロの世界に生きる人々の生活が、次第にカラーに染まっていく。この作品は、モノクロとカラー、どちらも前提にしているのが見どころです。

『バーバー』(アメリカ)監督:コーエン兄弟

理髪店で働く男が、物語の主人公。ふとしたことをきっかけに、あれよあれよと人生の歯車が狂っていき取り返しのつかないことになっていく悲劇。というか、ブラックコメディです。実はこの映画、白黒映画として公開されたんですが、元々はコーエン兄弟の希望でカラーで撮影していました。紆余曲折あって白黒で公開されたのですが、どうしてもカラー版も発表したかったため、あとからカラー版も発売されたという逸話があります。

『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(オーストラリア)監督:ジョージ・ミラー

言わずと知れたアクション映画ですが…、実はモノクロ版が公開されているのはご存知ですか? 『マッドマックス 怒りのデス・ロード ブラック&クロームエディション』として2017年に公開されました。この映画でぜひやってみていただきたいのは、モノクロ版と、オリジナル版を見比べるということ! カラーで見ているときには気が付かなかった、衣装のディテールや役者の表情が、モノクロになるだけではっきりと浮かび上がってくるんです。どこか神話っぽい印象や、静かなイメージにも感じられるかも。

『港町』(日本)監督:想田和弘

岡山の港町・牛窓(うしまど)。自ら「観察映画」と言うとおり、被写体をひたすら長回しで撮影しつづけ、小さな奇跡を逃さず追いかけたドキュメンタリー映画。実際にある町で、島民にとっては当たり前の生活を撮影しただけなのに、モノクロというフィルターを1枚かけただけで、時代さえも錯誤してしまいそうな不思議な世界になるんです。台本がないから、何が起こるかわからない。ドキュメンタリー映画ならではの緊張感や奇跡を、ぜひモノクロでも味わってみてください。

『シベールの日曜日』(フランス)監督:セルジュ・ブールギニョン

インドシナ戦争で恐ろしい経験をした主人公は、記憶喪失に。その彼と、少女シベールの恋の物語です。監督は、日本の墨絵の美しさにインスパイアされ、モノクロながら巧みな濃淡の表現でみずみずしい作品に仕上げています。

さて、気になる映画はありましたか? 120分そこらの時間で、1人の人生を追体験するという経験は映画でしかできないこと。映画を通じて人生や社会を理解することは、本当に素晴らしい経験になります。この冬、ぜひ白黒映画の魅力に浸ってください。

イラスト / 前田ひさえ