今回の種人は...
村木 小百合 研究員
ここは黒にまつわるWONDER(疑問)を探求する場。
「WONDERの種人(たねびと)」が持つ原体験をもとに毎月1つテーマを掲げ、読者や専門家とともに「黒の不思議」を楽しく学ぶ。第6回のテーマは「喪服と黒」。記事は毎週更新予定。

喪服が黒いのはなぜ?|前編

さまざまな縁や関わりのなかで時間を重ねていく人生の流れにおいて、一つの節目ともなる儀式。ともに生きた時間を想い、故人とあらためて向き合うために葬儀へ参列するとき、私たちは決まって「喪服」を身に纏います。

和装から洋装まで、現代においては装いの選択肢も広くなってきている印象ですが、変わらないのは「喪服は黒い」ということ。当たり前の文化慣習として私たちに組み込まれていますが、あらためてその理由を問われると、「そういえば、なぜ?」と疑問に思う方も多いのではないでしょうか?

WONDER第6回のテーマは「喪服と黒」。

今回は、村木早百合さんからいただくWONDERの種をもとに、
色彩、環境、音……さまざまな対象に黒を纏わせた作品を手がける五月女哲平さんにお話をうかがいながら、
「喪に服す」ことと「黒」の関係性を探求していきたいと思います。

—種人から寄せられた、WONDERの種—

そもそも、衣服、ファッションに対して強く興味を持ちはじめたのは、中学生のころ。仲の良かった友人のお母さんが服をつくることを趣味としていて、娘である友人や私に、つくった服をプレゼントしてくれていたんです。それがきっかけで、私自身もミシンを使って自分の服をつくるようになったのですが、そのころから服飾の世界に携わりたい、学びたい、という意思をもつようになりました。

社会人になると、礼服の企画、製造、販売を行うメーカーに就職しました。衣服というジャンルのなかでも、人生の節目に寄り添う特別なものをお届けしていくのだということに、背筋が伸びたのを覚えています。正装に関する知識が自分のなかに蓄積されていくにつれ、ベーシックなものからフォーマルなものまで、同じ黒でもさまざまに違いがあることが視覚的にもわかるようになり、「喪服として、カジュアルな黒を選ぶのは恥ずかしい」とさえ思うようになっていました。自分で喪服を購入した際も、「誰が見ても真っ黒なもの」をこだわって選んだのですが……一方であらためて振り返ってみると、深い黒ほど美しいという価値観はどこから生まれたんだろう? とも、思います。

「喪服=黒」という常識を不思議に感じることもありました。結婚式で和装をしたときに黒い打掛(=着物の上に羽織る婚礼衣装)を選んだ経験があるのですが、ひと目見て、深みのある黒に不思議な引力や美しさを感じて、自然と惹かれる自分がいたんです。結婚式などの祝儀では、白も黒もその他の色も、自由に選択できる文化があるように思いますが、葬儀などの不祝儀となると、少なくとも日本では黒を纏うことが礼儀とされていますよね。どうして、喪に服す色=黒なんだろう。死を悼み、身を慎むための特別な黒には、どんな文化と情緒が込められているのでしょうか。(村木)

↑ White, Black, Colors(2015)
Photo by 藤川 琢史

五月女哲平が見出す「黒」の可能性

村木早百合さんのWONDERを受け、『黒の研究所』では、絵画や映像作品を通して、黒が持つ性質や可能性を見つめる五月女哲平さんにも、お話をうかがってみました。

—–『黒の研究所』としてまず注目したのは、≪White, Black, Colors≫という作品です。

Neither a symbol, nor a stone #11 (2014)
Photo by 藤川 琢史

具体を隠すための「黒」

—–絵画をある種の装置(モノ)としてとらえること、黒を用いることにおいて、五月女さんのなかできっかけとなる出来事はなにかあったのでしょうか?

He, She, You and Me(2012)
He, She, You and Me(2012)
↑キャンバス側面に、下層の色彩が覗く
He, She, You and Me(2012)
↑キャンバス側面に、下層の色彩が覗く

物質から空間へ、「黒」が媒介し拡張する表現

—–五月女さんのなかには「色」としての黒と、そうでない黒があるように思えます。ほかの色彩にはない性質を持っているからこそ、特別な存在として馴染んでいるのではないでしょうか。

2018.2.2 #3(2018)
Photo by 木奥 惠三
2018.2.2 #4(2018)
Photo by 木奥 惠三

—–渡良瀬と須崎をつなぐ「音」を発する折坂さんを「黒」で隠すという構造には、どのような自己解釈や意味合いが含まれているのでしょうか。

I can listen, even if you’re not listening carefully (2019)
I can listen, even if you’re not listening carefully (2019)

五月女哲平が考える、喪に服す「黒」

—–色彩や音に黒を纏わせ、パーソナルな部分を隠していくという五月女さんのアプローチと今回のテーマである「喪服」は、双方の「黒」の役割に、なにか通ずるものがあるのではないかと感じます。

作品が内包する具体性を黒で包むことで、観る者から引き出される能動性や想像力に、とらえ方をゆだねる五月女さん。

最後に、黒という存在の可能性についてたずねたところ、「作品にも共通していますが、黒を纏わせることによって、浮かび上がるものがある。『隠す』ということは、確かにそこになにかが『ある』ということですよね。それらをやっぱり忘れないこと、残していくこと。黒は『ある』ことを想像させる魅力的な存在です。まさに、可能性が常にある色だと思っています」と、お答えいただきました。

喪服=黒を纏い、外から見たアイデンティティが均一化されたときに見えてくるものとは?
黒に包まれ、隠されているからこそ、故人との間に流れ、蓄積されてきた時間や、心の内で絡み合う複雑な感情が確かにここにあるのだということに、あらためて気が付くことができるのかもしれません。

___中編へ続く

WONDERの表現者

五月女哲平

1980年栃木県生まれ。
2005年東京造形大学美術学部絵画科卒業。
近年の主な個展に、「GEO」(art cruise gallery、2024)、「our time 私たちの時間」(青山目黒、NADiff a/p/a/r/t、void+、東京、2020)、「絵と、 vol.1 五月女哲平」(gallery αM、東京、2018)。主な展覧会に、「猫のほそ道」(豊田市美術館、2023)、「MOTコレクション 第2期 ただいま / はじめまして」(東京都現代美術館、2019)、「裏声で歌へ」(小山市立車屋美術館、栃木、2017)などがある。
X: @tepppppei
IG :@teppeisoutome

WONDERの種人

村木小百合

「黒の研究所」研究所員

SNS 担当。黒い物の写真を撮り、instagramに投稿することがライフワーク。子供のころから、洋服を作るのが好きで、専門学校卒業後、2004年にフォーマルウェアのリーディングカンパニーである株式会社東京ソワールにパタンナーとして入社。黒の色の違いを見分ける審美眼を養う。2児の母。趣味は旅行と、美術館巡り。