「黒の研究所」研究員の麻生要一郎と申します。
現在は料理家・執筆家として活動をしていますが、その前は島の宿の女将、カフェの経営、家業だった建設会社の副社長、様々な仕事の遍歴があります。特にそうなりたくて望んで、明るい希望に満ちて前に進んだというよりは、ただ黒い闇の中をもがいて進んだ結果です。黒は光や色を吸収するそうで、こういう場合の黒は不安や恐怖を表すのでしょう。その中を、出口を探してもがくことは、孤独で本当に大変でした。毎回、その暗闇の中に迷い込むと、ああまた迷い込んだのか、仕方ないなと思いながら、無心でその闇が明ける時を待ちます。僕の場合は、誰かとの出会いがきっかけで、思いがけない場所に出口が見えた時、心の内側に眩い光が差し込んでいくことを感じます。しかし考えてみれば、その光は黒が内包していたものに他なりません。この連載では、身近な或いは珍しい “黒いたべもの” について、研究をしていきます。
なんだか黒のネガティブな印象を伝えてしまいましたが、少しトーンを変えていきましょう。黒塗りの車と言えば高級なイメージがわいてきますね。たくさんある色の中で、青塗りの車とは言わないから、黒が持つ特別感や品位を感じさせます。また黒い洋服の代名詞は喪服かも知れませんが、心の内側にある哀悼を表現すると共に、フォーマルな印象を与えます。日常でも、ファッションを同じトーンの黒で統一したら、クールなイメージ。僕の亡くなった母は、若い時に化粧品のキャンペーンガールに選ばれるような、年齢を重ねても黒が似合う美しい人でした。父が早くに亡くなった後に交際した背の高い素敵な紳士と一緒に、表参道で会った時には、黒いジャガーに乗って黒いスーツを着て、成熟した大人の雰囲気が醸し出されていました。黒は光や色を内包するだけに、様々な表情があるのだと思います。
さて、話が食べ物からそれてしまいましたが、第一回目は、知っているようで知らない海苔。
そもそも我々が何気なく食べている黒い海苔の正体は、紅藻・緑藻・シアノバクテリア(藍藻)などを含む食用とする藻類の総称。ヌラ(藻がぬるぬるとしている)が、ノリの語源。平安時代末期は「甘海苔」といい、アマノリの一種であるアサクサノリを板海苔に成形した「浅草海苔」が江戸時代以降広まりました。内湾や河口の潮間帯において、ヨシなどの茎、杭、貝殻などに着生し、江戸時代以来、主要な食用海苔とされていたようです。昔は大森付近で養殖が盛んでしたが、内湾環境の変化により野生個体群が減少、現在では絶滅危惧I類に指定されているんだそう。その名残で、大森には海苔問屋が今でも多く存在していますが、現在の日本における海苔の生産量は、佐賀県が断トツの1位となっています。
僕の養親となった姉妹の姉は現在90歳、妹は3年前に他界したが生きていたなら82歳。東京生まれの彼女達が学生の頃、大森辺りで海苔を扱う家は、羽振が良かったそうです。一万円札を握りしめてタクシーで学校に乗りつける子もいたとか、それがいつ頃の話なのかとか、全部の家がそうであったのかなど、細かいことはもう聞くことが出来ないけれど、暮らしの中にある身近な何かを採取して加工することで収入が得られ、都会の中で海苔がちゃんと取れていたこと、良い時代だなと感じたことを鮮明に記憶しています。ちなみに、その姉妹の父親は大森にある「守半」の海苔を贔屓にしていたのだとか。その名残で、僕も時々大森まで足を伸ばして、守半の海苔を買っています。
どれも同じように黒いと思っている海苔、比較してみれば色が全然違うもの。それは色素のバランスによるものと言われていますが、黒いものが一番良質、次いで青紫、緑の順番で等級が分けられる、アミノ酸の育成が進む若い芽ほど黒っぽく見えるのだとか。食感も千差万別で、かたくてパリパリ、柔らかくてとろけるようなものも様々。僕はかたくてパリパリが、美味しく感じるかなあ。ところで、世界に目を移してみると、世界の海苔の販売量は7割が韓国海苔だそう。塩と胡麻油がついた味付け海苔、おつまみにも、ご飯にも美味しいものね。
さて我が家には、友人達が訪れて食卓を囲む機会が多くあります。唐揚げ、グラタン、コロッケ、人気のメニューはたくさんありますが、おにぎりもそのうちのひとつ。ごはんをぎゅっと握った真っ白なごはんに、黒い海苔を巻き付ければ完成ですが、僕が握りながらイメージするのは子供の頃にお母さんが作ってくれた遠足のおにぎり。アルミホイルに包まれて、海苔がしっとりした、もう今となっては食べられない味を思い出しながら握っています。その時に食べる人、持ち帰る人、その時のお腹の状況に応じて様々ですが、たらふく何かを食べていても、おにぎりだとつい手が伸びるという人もいるようです。黒が様々な色や光を内包するように、おにぎりも握るという行為が誰かの思いを内包するものなのかもしれません。白いごはんは要らないという子が、おにぎりにすると美味しそうに食べる。その光景をいつも不思議だなあと、台所から眺めています
ところでどこの家にも台所の片隅に、しけた海苔があるのではないでしょうか。我が家にも、よくあります。そんな時には簡単に佃煮にするのをオススメします。
<海苔の佃煮>
材料
海苔(全形) 4枚
だし汁 大さじ4
醤油 大さじ2
酒 大さじ2
みりん 大さじ1
砂糖 小さじ1
作り方
1 海苔は適当な大きさにちぎって、鍋の中に入れます。
2 調味料を全て加えて、海苔をふやかしてから、弱火にかけます。
3 沸いてきたら焦げ付かないようにかき混ぜて、水分がなくなってきたら完成です。
とても簡単で美味しいので、甘味や食感など、ご自身で加減しながら、ご家庭の味を見つけて下さい。
さて、何だか海苔が食べたくなってきました。今夜はおにぎりを握ろうかな。
それでは、また次回!
麻生要一郎(あそうよういちろう)
料理家・執筆家。家庭的な味わいのお弁当やケータリングが評判となり、日々の食事を記録したインスタグラムでも多くのフォロワーを獲得。自らの経験を綴ったエッセイも人気で、現在は雑誌やウェブサイトでの連載も多数。最新刊は「365 僕のたべもの日記」(光文社)黒い服を着ると愛猫チョビの毛が、あちこちについている。