ものが焦げると黒くなるのはなぜ?|前編
トースターのなかで真っ黒焦げになってしまった食パンの表面。使い続けているうちに、いつの間にか黒く焦げ付いてしまった鍋の底。日々の生活においてつい「失敗」と片づけてしまいがちな「焦げる」という現象、あらためて考えてみると、いったいどういう変化なのだろうか。
火を通すことで姿を変えていくものたちは、どこからもとの姿を変え、黒くなっていくのか。その境目では、なにが起こっているのか。そもそも、焦げることで物質はどうして黒くなるのか。WONDER第11回では、物理学とエネルギー科学を専門とする川村康文先生にお話をうかがい、「焦げ」の周辺に起こる現象を紐解いていく。
「焦げる」ってどういうこと?
パンとかお肉とか、私たちは日常の中で“焦げ”をよく目にすると思うのですが、「焦げる」というのは、すなわち「炭化すること」なんです。
木や紙、食べもの、そして私たち自身の肉体の多くは「炭素(C)」を中心に、水素(H)や酸素(O)などの元素が結びついてできた“有機物”です。この有機物に熱が加わると、結びついていた水素や酸素が水や気体として抜けていき、炭素(C)だけが残ります。この変化を「炭化」といいます。加熱を続け、燃焼し続けると最後は、炭素に酸素(O)が結合してCO2となり、すべて空気中に抜けていきます。
たとえば木や紙、パンなどを焼いていくと、まず水分が蒸発しますよね。この段階では、H2Oのまま水蒸気になって抜けていきます。水蒸気が抜けてさらに高温になると「炭素(C)」に付いていた水素(H)や酸素(O)が「炭素(C)」から離れ「水(H2O)」や、少量ですが「水素ガス(H2)」として、あるいは「二酸化炭素(CO2)」や「一酸化炭素(CO)」のかたちで気化し、空気中に逃げていきます。そうして、炭素(C)が残る。それが、私たちが「焦げ」と呼んでいるものなんですね。(川村)

日常のなかで誰もが一度は目にしたことのある焦げ。しかし焦げという現象の裏で起こっている化学反応は、案外シンプルな仕組みでできている。素材に含まれていた複雑な成分が一つずつ熱によって分解され、炭素が残される。その姿が「焦げたもの」として認識されているのだ。
けれども、そもそも炭素が残っただけでどうして「黒く」見えるのか。焦げの正体をもう一歩深く知るためには、炭素の性質に目を向けてみる必要がある。
炭素が残ると黒く見えるのはなぜ?
焦げたものが黒く見えるのは、炭素の「性質」によるものなんです。物質が燃えて炭化し、炭素だけが残ると、炭素で構成された物質の表面は光をほとんど吸い取ってしまいます。たとえば太陽の光が炭素の表面に当たると、光のエネルギーは炭素を構成する微細な電子に取り込まれて、反射されることなく吸収されます。
吸収された光は、熱などのエネルギーに変えられて外へ逃げていくため、反射も透過もほとんど起こらず、目に届く光がとても少なくなってしまいます。その結果、私たちの目に届く光が限りなく少なくなり、「黒く見える」現象が起こるんですね。
木を燃やしてできる炭や煤(すす)、それから鉛筆の芯なども、主成分はどれも炭素です。いずれも光を吸収しやすい性質をもっているため、同じように黒く見えるんです。(川村)
炭化した物質が黒く見えるのは、炭素の「性質」によるもの。しかし「誤解されがちですが、炭素原子1個が黒く見えるというわけではありません」とも、川村先生。「炭素が黒く見えるのは、数多くの炭素原子が集まり、特有の結合構造をつくっているから」。構造が光を吸収し目に届く光を減らすことで、結果として「黒い」と認識されるのだ。
これまでも「WONDER」の記事では、#2や#4の後編などで、私たちの目が「色」を認識するメカニズムについて触れてきた。
可視光線が物体に当たったとき……
光がよく反射されれば、明るく鮮やかな色に見え、
ほとんど吸収されれば、暗く黒く見え、
光が通り抜ければ、透明または透けた色に見える。
木炭や煤(すす)や黒鉛、焦げたパンの表面などは、すべて「炭素を主成分とする物質」である。これらの物質は、赤から紫までの可視光を広い範囲で吸収する性質を持っており、反射や透過が起きにくい。そのため、目に届く光がほとんどなく「黒」として知覚されるのだ。
では、黒さを生み出す炭素とは、そもそもどのような存在なのだろうか。川村先生の解説を参考に、さらに詳しく見ていこう。

そもそも炭素って何?
炭素というのは、元素記号C、原子番号6の元素で「生命の元素」とも呼ばれています。たとえば人体の筋肉や皮膚、骨、DNAなど、生命活動を支える構造の骨格をつくっているのも炭素。人間の身体においては、およそ5分の1(およそ18%)が炭素でできています。
炭素は、ほとんどすべての生物に含まれているだけでなく、地球のあらゆるところに存在しています。たとえば、世界で最も硬く透明なダイヤモンドも、黒くて柔らかい鉛筆の芯(黒鉛)も、同じ炭素の原子からできています。黒くて軽い木炭やすす、そして極薄なのにとても強いカーボンファイバーも、炭素がつくる結びつき方の違いによって生まれたものなんです。
さらに、炭素は、生命の構成要素としてだけでなく、エネルギー源(石炭・石油・糖など)としても重要です。また、空気中の二酸化炭素(CO2)として循環し、植物は光合成でCO2を吸収して有機物をつくり、動物はそれを食べてまたCO2を吐き出す。そして枯れ葉や死骸が分解される過程で主にCO2として大気へ放出され、一部は化石燃料となって地中に眠る。
こうした循環があるからこそ、地球の生命は成り立っています。最近よく聞く「カーボンニュートラル」という言葉も、排出されるCO2と吸収されるCO2のバランスをとり、炭素の流れを自然と調和させようという考え方なのです。(川村)
炭素は、生命の源となり、エネルギーを生み出し、地球全体を巡る、特別な元素であるといえる。成長と分解、どちらのプロセスにも関わりながら、地球規模で行われる生命のリレーにおいて、炭素は「バトン」のような役割を果たしているのだ。
さらに見方を変えれば、炭素という元素は「死を通じて生をつなぐ存在」ともとらえることができる。生命活動や自然現象を通じて、大気、土壌、海洋、生物のあいだを、流れるように巡っていく。この構造は、生と死が連続し、流転していくという仏教的な世界観である「生滅流転」の思想にも通じている。物質は朽ちても、炭素は気体として植物に取り込まれ、次なる命を支える存在となり、再び動き出すのだ。

炭素からできているのに…ダイヤモンドはなぜ透明?
さて、さきほど川村先生の解説にあった「ダイヤモンドも炭素原子からできている」という言葉に疑問を抱く方もいるのではないだろうか。炭素は光を吸収する性質をもっているため、炭化した物質は黒く見える。しかしその定義からこぼれ落ちた異例の存在として、ダイヤモンドがあるのだという。同様に、黒くて柔らかい鉛筆の芯(=黒鉛=グラファイト)も炭素原子で構成される物質なのだが、一体、どうしてダイヤモンドはあれほどまでに透明なのだろうか。
どちらも同じく炭素原子だけでできていますが、ダイヤモンドと黒鉛(グラファイト)の違いは、炭素原子の「結合の仕方」にあります。
ダイヤモンドでは、一つひとつの炭素原子がまわりにある4つの炭素原子としっかり手を取り合うように結合しており、「正四面体形をした構造」と呼ばれます。立体的にしっかりと組まれた、とても安定した構造をもっていることが、ダイヤモンドが世界で最も硬い物質といわれる理由。光が入っても、内部の構造が均一で乱反射が少ないため、あれだけ透き通って見えるんです。
一方で、鉛筆の芯に使われている黒鉛(グラファイト)は、炭素原子が「層状」に並んでいます。六角形の網目のように平らにつながった層が何枚も重なり合っているのですが、層同士の結びつきはとても弱いんです。そのため、指でこすれば簡単に剥がれ落ちるし、電気も通す。光も内部で散乱しやすく人間の目に戻ってくる光が非常に少ないことから、黒く見えている。
つまり、同じように炭素が結合して成り立っている物質でも、結びつき方や構造の違いによって、硬さも、色の見え方も大きく変わるということなんですね。(川村)

「焦げ」と呼ばれる現象そのものの正体は、とてもシンプルな「炭化」という化学反応の現れであった。「焦げが黒く見える」のも、炭素が持つ、光をほとんど吸収してしまう性質ゆえ。つまり「焦げ」の原因であり実態であるのは、炭化・炭素にほかならない。
しかし「焦げる」とひとことで言っても、過程や結果には、木、紙、食材、プラスチックなど……素材によっても多様な違いがあるのだという。後編では、素材ごとの違いや、燃焼にまつわる炭化以外の現象も視野に入れながら「焦げ」と「黒」を、さらに科学の視点から楽しんでみたい。
___後編へ続く

川村康文
1959年京都生まれ。
京都教育大学附属高等学校で約20年にわたり物理教師を務めた後、信州大学助教授、東京理科大学助教授・准教授を経て、現在は環太平洋大学次世代教育学部教授。国際科学・教育研究所 所長、北九州市科学館スペースLABO 館長、STEAM教育メソッド研究所 所長を兼任。専門は物理学、エネルギー科学、科学教育、サイエンス・コミュニケーション。主な活動面では「みんなが明るく楽しくなる」プチ発明を基礎にした「かわむらメソッド」を提唱。科学技術振興機構(JST)のサイエンス・レンジャーとしても活動し、環境問題をテーマにした公演「温暖化星人から地球をまもる宇宙船にっぽん号のたたかい」は200回を超える。慣性力実験器Ⅱで平成11年度全日本教職員発明展 内閣総理大臣賞を受賞し、平成20年度には文部科学大臣表彰 科学技術賞(理解増進部門)を受賞。著書に『世界一わかりやすい物理学入門』『世界一わかりやすい物理数学入門』『理科教育法』(講談社)などがあり、『名探偵コナン 実験・観察ファイル サイエンスコナン』シリーズ(小学館)の監修も手がける。メディア出演は「世界一受けたい授業」(日本テレビ)、「チコちゃんに叱られる」(NHK)、「所JAPAN」(フジテレビ)など。