何気なく食べているが、キクラゲとは一体何なのか?
クラゲと言っても海にいるわけではない、漢字で書けばその形状からなのか「木耳」と書く、キクラゲ目キクラゲ科キクラゲ属のキノコ。日本、中国、台湾、朝鮮半島では食用として流通している。日本でも地域により呼び名が異なって、沖縄ではみみぐい、沖永良部島ではみんぐそ、奄美大島ではみんぐりと、様々な呼ばれ方をされているが、全て耳にちなんだ呼び名である。ちなみにベトナム語ではナムメオで、猫のきのこという意味だとか。何だか、ちょっと可愛い響き。猫もキクラゲを食べるんだろうか?生息は、クワ、ニワトコ、ミズナラ、ブナ、ケヤキなどの広葉樹の唐木や切り株、枯れ枝に丹生、重生する。シイやカシの雑木林、他にも様々なところで見つける事が出来る。昔から漢方の生薬として利用されており、便秘の解消や高血圧予防、心臓病予防に良いそうだ。カルシウム、ビタミンD、鉄分、食物繊維、βグルカン、カリウムが含有され栄養価も高い。これを調べながら、毎日食べないといけないような気がしている。
八宝菜、五目焼きそば、中華丼の名脇役でもあるが、木耳と卵の炒めものでは主役を張ってみせる。サンラータンスープでも、キクラゲが入っているか否かで、味わいが変わってくる。ちなみに八宝菜を分ける時、問題になりやすいのはキクラゲとうずらの卵だと思っている。だいたいほんの少ししか入っていないので、分ける時その行き先が気になって仕方がない。シャキッとした歯応えが、単調になりがちな炒め物の良いアクセントとなり、決して目立たない地味な存在なのにいないと寂しい、そんなキクラゲが料理の味を引き立てる。人もそういう存在でありたいもの。
まだ僕の養親である老姉妹が自宅にいた頃、僕が料理の撮影で木耳を使うと言ったら、2人は長年蕎麦を取り寄せている山形の製麺所に電話をして「地元の乾物の木耳がないか?」ときいていた。山形に旅をした時、地元で採れた良い乾燥木耳が安くてたくさんあったそうだ。でもそれは随分と昔の話、つい最近よと言っていたけれど話を整理すると、30年くらい経っているような気がした。今は貴重な国産の天然木耳を段ボール箱いっぱいに取り寄せて、満足そうだったが使い切るのにも随分時間がかかった。「こういうものは腐らないし賞味期限なんてないのよ、寝かせたら寝かせただけ良いのよ」とは、彼女達の常套句。
50年近く姉妹で暮らした家を、僕がリフォームするにあたり、一度スケルトンにするため膨大な荷物を片付けはじめたら、寝かせ過ぎて中身が湧き出たバルサミコ、もはや何かわからないアーティチョークの瓶詰、缶が膨張した破裂しそうなチキンスープ、まるで化石のようなフカヒレや燕の巣になまこ、放って置くとこうなるという見本がたくさんあった。その中には水につけたって元には戻らなそうな木耳も、たくさんあった。おそらく昔、山形を旅した時に買ったものだろう。
友人の美雨ちゃんと何人かで「ピナバウシュ」の講演を国際フォーラムへ見に出かけた帰り、我が家から歩いて5分くらいの場所にある居酒屋へ出かけた。緊張感ある舞台のあとに、ちょうど良い気軽なお店で、たくさん頼んで楽しく食事をした。あんかけ焼きそばを頼むと、たっぷりと木耳の入ったあんがかけられていた。若い店員さん達がいきいきと働いていて、その中に頭に三角巾を被って、口元でかすかに独り言を言いながらチャキチャキ働く50代くらいの女性がいた。洋服のトーンは黒で、舞台女優さんのような空気感を纏い、お店の中でも独特な存在感を放っていた。キクラゲがたくさんのった黒っぽいあんかけ焼きそばと、洋服のトーンが妙に合っていた。愛想が良いとかではないけれど、お客様の立場になって対応している感じがとても好印象。
何かをお願いした後に誰かが突然「2人いる!」と言う、目の前にいたはずが、店の奥にも同じ姿が見えた。そう、彼女たちは多分双子だったのだ。その瞬間、全員があの素晴らしいピナバウシュの舞台を忘れそうな位の衝撃を受けていた。2人は、このお店の経営者なのか、違うとしたら2人揃って面接に行ったのか、どちらかが先に…色々な妄想が膨らんだ。兄弟がいない僕は、子供の頃にいつも「お兄ちゃんが欲しい」と言っては親を困らせて、周りの大人達は笑っていた事を思い出す。大変な事もあるのかも知れない、でも同じところで働いて暮らしている双子の姉妹、僕にとってはどこか羨ましい光景だった。
<きくらげたっぷりあんかけ焼きそば>
材料
・きくらげ(今回は生を使用) 2パック
・豚バラ肉 100g
・ねぎ 1本
・焼きそば 2パック
・鶏スープ 大さじ2 A
・オイスターソース 小さじ1 A
・蜂蜜 小さじ1 A
・醤油 小さじ1 A
・塩 少々 A
・こしょう 少々 A
・ごま油 適量
・とろみ付の水溶き片栗粉 適量
作り方
1 フライパンにごま油をひいて焼きそばを焼いていきます。少し焼き目を付けたらほぐしながら裏返し、同じように焼きます。(ほぐれにくい時には、水を加えて水分を飛ばしながらほぐす)調味料Aを混ぜ合わせておく。
2 キクラゲは洗って食べやすい大きさ、豚バラ肉は1センチ幅、長ネギも斜め薄切りに、それぞれ切っていきます。フライパンにごま油をひいたら、先ずは豚バラを炒めて、キクラゲと長ネギも加えて炒めたらAを加えて、全体を炒め合わせて、水溶き片栗粉でとろみを付けます。(あんが硬いようでしたら、鳥スープを加えて下さいね)
3 お皿に焼きそばをのせて、その上にあつあつの2をかけたら完成。お酢や辛子もお好みで。
双子姉妹の存在感、お店の場所が踏切のすぐ側、幅が広い線路の高架下という事も重なって、全てがミステリアスな感じが、家から近いはずなのに旅情感があった。つい「明日、朝ごはん何時にする?温泉入ってから?」なんて言いたくなるような。
さて、今夜はキクラゲを使って何を作ろうかな?
麻生要一郎(あそうよういちろう)
料理家・執筆家。家庭的な味わいのお弁当やケータリングが評判となり、日々の食事を記録したインスタグラムでも多くのフォロワーを獲得。自らの経験を綴ったエッセイも人気で、現在は雑誌やウェブサイトでの連載も多数。最新刊は「365 僕のたべもの日記」(光文社)黒い服を着ると愛猫チョビの毛が、あちこちについている。