黒い食卓
麻生 要一郎 研究員

「黒い食卓」

研究員の麻生要一郎さんが、 黒い食材を使った料理と、 それにまつわるエピソードを綴るコラムです。

楊貴妃も食べた、歴史に名高い「黒米」

お米を食べない日はないというくらい、お米が好きだ。基本は白米、毎日食べても飽きないけれど、料理に合わせたり、買ったりもらったり送られて来たりで、たまたまお米がたくさんあったりして消化し切れずに精米から少し時間が経ってしまった時などは、色々な雑穀を入れたり、真っ黒な黒米を入れたりして味の変化を楽しんでいる。(ものに寄っては黒というよりも紫色だったりするけれど)

お肉を焼いた時にキムチや葉物野菜などと一緒に食べる時、山椒が効いた麻婆豆腐だとか、スパイシーなカレーとか、いつもよりパンチのあるものを受け止めてくれるような力が黒米にはあるような気がする。色々混ぜたバランスの良い雑穀ミックスよりも、黒米が食べたいと思うタイミングは、エネルギーが枯渇している時なのかも知れない。

ちょっと調べてみても、黒米の栄養価は非常に高い。黒い色はポリフェノールの一種であるアントシアニンによるもの。肝機能をサポートする働きのほか、疲れ目の緩和や動脈硬化の予防などに効果が期待できるといわれている。たんぱく質やビタミンB1・ビタミンEなどの類、亜鉛、カルシウム、食物繊維なども豊富に含まれ、体内で作ることのできない必須アミノ酸も含有と…なんだか今すぐに食べた方が良さそうな気がしてしまう、身近なスーパーフード。

亡くなった僕の母はパンも好きだったけど、同じようにお米も好きだった。僕がまだ子供の頃、母が好きでお昼を食べによく出かけた家の近くにあった自然食レストランでは、ごはんが玄米か黒米かを選べた(選択肢の中に白米はなかった)。玄米は今でこそ美味しく感じる事が出来るけれど、子供の頃は苦手でいつも消去法で黒米を選んでいた。食べる時に、歯が黒くなったりしないか心配しながら食べていた事を思い出す。母は家のごはんでも白米だけではなく、雑穀や黒米を混ぜたりしていた。美味しいこともそうだけど、健康に良さそうなイメージもきっとあったのだと思う。そのお店は、今考えると凄く先をいっていて、おかずも自然嗜好でお肉や魚はなくて、車麩をカツに、野菜や大豆製品、海藻が中心の食事。店を切り盛りしていた静かなご夫婦は、えんじ色と黒のシトロエン2cvに乗っていた。もうとっくになくなってしまったが、まだどこかでお店をやられているのだろうか。時々思い出しては、ふと行きたくなる。

黒米の歴史を紐解いてみると、原産地は中国・狭西省漢中地方で2000年以上の歴史がある。漢の時代の張騫(ちょうけん)がこの珍しい米を発見して、そののち、順調に出世したことから、縁起の良い出世米ともいわれ、歴代の皇帝は縁起の良いこの黒米を宮廷料理として常食。また世界三代美人の一人である楊貴妃(ちなみに他の2人はクレオパトラ7世と小野小町)も美容食として、黒米を食べていたとか。気候や環境の変化にも強く、痩せた土地でも出来る、逞しい米のようだ。なんだか歴史の背景やエピソードも、良いことづくめである。

僕も雑穀、黒米、発芽玄米、様々なご飯に混ぜて炊くものを愛用してきているけれど、その瞬間のブームがパタリと終わって、急に食べなくなるというフェーズに入ってしまうこと多々。大掃除をすると必ず、台所の隅から雑穀や黒米、麦のパックなんかが出てくる。きっとどこの家庭の台所にも、途中で食べずに残っている、雑穀や黒米や赤米があるのではないでしょうか。今更、またごはんに混ぜて炊くのもちょっと気が引けたりして。そんな時には、発想を変えてお鍋で煎ってぜひお茶にして活用を。穀物のお茶は、どこかふくよかな丸みがあって、とても美味しいもの。

そんなレシピをご案内します。

<黒米茶

材料
・黒米 適量

作り方
1 フライパンに黒米を入れて、弱火にかける最初は静かですが途中からパチンパチンと弾ける音がしてきたら、あとは予熱に任せて、全体が弾けるのを待ちます。

2 ポットに入れて、お湯を注いだらしばらく蒸らします。

3 器に注いだら、完成。

この撮影の後、10年前に乳癌が再発して手術や抗がん剤の手立てもなく余命3ヶ月と言われた母と最後に自宅で過ごした時の事を思い出した。

何かを食べたいと思っても、ほとんど固形物を体が受け付けなかった。生きる為には何かを食べないと力が湧かない、夕食に薄切りにした白身の刺身をよく食べさせた。元気な時も特に刺身が好きな訳ではなかったけれど、何かたべたいものある?と聞くと「お刺身」と答えた。何か一口だけ食べるという時、人の身体に残った野生のようなものが、本能的に生々しい生命の味を求めるのかと思った。米を食べれば、踏ん張りが効くという何の根拠もない事を信じている僕は、フライパンで穀物を炒ってお茶にした。家にあった、米や雑穀や黒米を混ぜたもの。

キッチンで炒っていると「良い香りがする」と、母が僕への気休めに言ってくれた。小さなお猪口のようなグラスで、彼女は何も言わず一口だけ飲んだ。その時は毎日無我夢中だったし、本当に悲しい時の事を人は心の中に仕舞い込んで忘れようとする。そして思ったのは、あんまり色々混ぜた雑穀のお茶よりも、黒米だけの方が美味しかったんじゃないかなあと。そもそも、母のクローゼットの服は黒が多かった、彼女の好きな色をもっと尊重すべきだった。こうして、小さな後悔を抱えながら、人は前に進んで行くのだ。