黒という色は、本当に存在しているのか。
“黒”と呼んでいるものをよく見ると、
そのほとんどは濃茶や濃紺、深い灰色だ。
完全な黒に出会うことはほとんどない。
僕たちはただ、光が返ってこない状態を
まとめて“黒”と呼んでいるにすぎない。
(余談だが、黒猫や黒豹もよく見れば真っ黒ではない。そして、その多くには光の角度で縞や斑点の模様が浮かび上がったりする)
黒が黒に見えるのは、“黒という色素”が
はっきり存在しているからではない。
光を強く吸い込み、わずかしか反射しないものが、人の目には黒に見えている。
そう考えると、黒は固定した色というより、
光との関係で立ち上がる現象みたいなものなのかもしれない。
ここまでの人生で最も多く着てきた黒い服たちも、その反応の影響を強く受ける。光の角度ひとつで、簡単に変わって見える。黒だと信じていた麻のジャケットは、ある日は茶に寄り、ある日は灰のように見える。
黒にはなぜか“悪”とか“ダーク”といった影がつきまとう。けれど、黒そのものが何かを発しているわけではない。
ただ輪郭を曖昧にしているだけだ。
目に見えないものに人は恐怖を抱く。
黒が暗いのではなく、闇の前で戸惑っているのはいつも人のほうだ。
僕にとって黒は、何かを隠すための色ではない。
むしろ曖昧さをそのまま差し出す、奇妙に正直な色だ。境界のぼやけや、光の届かない部分を引き受ける。それだけで十分特別な色だ。
大沢伸一 (おおさわ しんいち)
MONDO GROSSO、RHYME SO、DONGROSSO、「音楽的多重人格」を自負する音楽家。音楽を中心に活動は多岐にわたる。最新ニュースはオフィシャルインスタグラムにて。
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