BIGYUKI─“unknown”と黒
ブラックミュージックとはR&Bやヒップホップ、ジャズなど、アフリカ系アメリカ人が生み出した音楽の総称だ。そんなブラックミュージックを音楽的基礎に置きつつ、そこからインスパイアされた独自のサウンドを生み出すジャズキーボーディスト、BIGYUKI。学生時代に単身アメリカへわたり、バークリー音楽大学在学中からブラックコミュニティに惹きつけられ、影響を受けながら自らの音を創り上げている。
NY進出後は5回のグラミー賞を受賞した現代ブラックミュージックシーンの最重要人物・ロバート・グラスパーとの共演を行い、2016年にはヒップホップ界のレジェンド、Q-ティップが所属するア・トライブ・コールド・クエストの全米アルバムチャート1位作品に参加するなど、NY音楽シーンの大御所も認めるアーティストだ。最近では新しい学校のリーダーズへの楽曲提供や椎名林檎とのコラボレーションも話題となり、国内での認知度も高まっている。2016年のデビューアルバム『Greek Fire』以降は、配信限定も含めて8作をリリース。最新作は2025年7月の配信限定シングル『YAMASTE』で、2026年には最新アルバムのリリースも控える。
その情熱的で唯一無二のスタイルは、特定の音楽ジャンルをいとも簡単に飛び越え、驚きや喜び、あるいは孤独や哀しみといったさまざまな感情を聴く者に呼び起こす。“黒と音楽”という視点で見たとき、ブラックミュージック=黒ととらえるのは直截的ではあるが、黒という色が織り成すさまざまな文化を探求するうえで、ひとつの足がかりにはなるだろう。また、BIGYUKIは黒という色から“unknown”=未知を想起すると語るが、その音楽キャリアは未知なる場所へ飛び込むことの連続だったという。そんな彼の音楽に息づくブラックミュージックの影響や、異文化を取り込んで昇華するスタイルの裏側にある思考を聞いた。
原点はボストンのジャズクラブ
ボストンのバークリー音大時代、老舗ジャズクラブ『Wally’s cafe』で観たファンクのステージに衝撃を受け、その後黒人教会でのゴスペル演奏などさまざまな文脈からブラックミュージックへの傾倒を深めていったBIGYUKIさん。いま振り返ってみて、なぜブラックミュージックが自分にとっての音楽だと感じたのだと思いますか?
BIGYUKI
アメリカに行って右も左も分からなかった自分を、たまたま受け入れてくれたのがブラックコミュニティだったことが一番大きいです。最初に『Wally’s cafe』でファンクのリズムとハーモニーを聴いたときに身体の芯をガッと掴まれるような強さを感じて、そこに素直に従っていった。カッコいいなと感じたことを純粋にやり続けていったら、自分の音楽キャリアがその都度次のステージに引き上げられていったという感覚です。
ジャズという音楽は、アフリカやカリブから奴隷としてアメリカに連れてこられた黒人の音楽と、白人の生み出してきた西洋音楽理論に準じた音楽のつくり方が融合して生まれたもの。加えてブラックミュージックにあるのは、リズムとメッセージ。人との連帯を目指すことや、常にさらされてきた重圧から自由や救いを見出すことであり、そのような力強さが音楽に内包されている。『Wally’s cafe』で演奏仲間になった黒人ミュージシャンの友人に誘われ、チャーチ(黒人教会)でのプレイもするようになって、朝みんなでダンキンドーナツを食べながらハングするなかで、チャーチの役割を頭だけではなく身体でも体感していった。チャーチの駐車場で、高級車に乗った富裕層と貧しい人たちが一緒にいるという現実や、チャーチが家よりも安全な場所である人がいることも。
BIGYUKIさんの自らを賭すような情熱的なスタイルは、どうやって作られていったのですか?
BIGYUKI
バークリーはジャズをアカデミックに系統立てて教える学校だったので、最初はジャズ音楽を学んでいたけど、なかなか自分のものにならないという葛藤がありました。日本人だからという次元ではなく、自分のプレイは誰かのマネで弾いた、水で薄めたような演奏だと劣等感を感じて。
そんなときに衝撃を受けたのが『Wally’s Cafe』でのMark Kelley(現・ヒップホップバンド『THE ROOTS』のベーシスト)のファンク。彼はリズムのうねりがスゴいんですよ。壁にもたれながらでも、椅子に座りながらでも、弾く時は身体で楕円を描く。その身体の使い方を真似しようと思ったんです。俺はピアノだから楽器の特性上、使い方がちょっと違うんですけど、身体を使って演奏する“一音入魂”のようなスタイルはMark Kelleyに影響を受けてますね。
ファンクやジャズには、みんなで共有する絶対的なパルス(リズム)があって、そこから外れてはいけない責任感がある。そのなかで最大限に自分自身を表現するというのも、たまらなくクールだなと思います。俺はブラックカルチャーに「Be Cool」という態度があると思っていて。自分の情熱をワーっと表出するとしても、どこかでカッコよくありたいという感じ。そういう文化ごと取り込んでいった先にいまの自分のスタイルがあります。
unknown=未知の魔力
BIGYUKIさんは黒という色に対してどのようなイメージをもっていますか?
BIGYUKI
俺のなかで黒は“unknown”というイメージ。ブラックホール、見えないもの、暗闇……。簡単にはとらえられなくて、知らないという状態です。でも俺はそこに引き寄せられる。分からないからこそ、知りたいと思わせるような魔力が黒にはあるなと思う。
自分は音楽のキャリアでずっと、自分がComfortable(快適)ではない、unknownな場所に身を置いてきました。だからこそ“知らない”という状況は、これから自分がまた新しいフェーズに行けるかもしれないチャンスであり、新しい出会いや刺激があるんじゃないかとワクワクする感覚がありますね。
unknownな環境に自分を置いてきたからこそ、いまの自分がある。勝手を知り尽くした環境にいると、そこからなかなか変わることができないので。自分をワクワクさせるunknownが黒に対するイメージです。
unknownに対する怖さはないのですか?
BIGYUKI
もちろん、めちゃくちゃ怖いですよ。でもこれはよく冗談で言うんだけど、怖いとか嫌だなと思う気持ちって、生きている証明でもあるのかなって。特に演奏の前など期待されていると感じるときは、いまでもオエッてなるくらい緊張する。でも緊張しないと音楽をやっている意味はないとも思う。自分のなかのどこかに安全を求めている部分はあるけど、ドキドキすることは本当に幸せなことなんだなと。
バークリーへの留学からブラックコミュニティとのつながりなど、BIGYUKIさんはこれまで数々のunknownな環境に飛び込んでいったと思うのですが、なぜそのような越境ができたと思いますか?
BIGYUKI
たぶん、楽観主義者だから。恥をかいても寝れば忘れるし、面の皮が厚いというか(笑)。そこで思い詰めちゃうような性格だったら難しかったのかもしれない。自分は本当に、不真面目さや適当さが上手いこと作用してたんだと思います。
知らない場所に行ったとき、準備することなくまず飛び込んで大恥をかいてきたんです。それで「いや~失敗したなあ」って思うけど、「次はリベンジしたいな」と前を向く。その繰り返しでした。もちろん恥ずかしいし、自分が紙縒りみたいにキューッと絞られていくようないたたまれなさはある。でもアメリカに来てからはその連続だったので。例えば英語も初めてなわけで、パーティーに呼ばれて複数人で会話するとスピードについていけず、やがてみんなが目を合わせて話してくれなくなる……とか。
同じようなことは音楽の演奏現場でもありました。自分はここにいてもいいのかと考えてしまうときもあった。そんな経験の連続だったから面の皮が厚いんです。いまとなっては、縋り付いてでもアメリカに居続けて良かったなと思いますね。
ブラックカルチャーとBLM
ブラックコミュニティを自身の活動の基盤にしていることについて、BIGYUKIさんはどのように考えていますか?
BIGYUKI
ブラックカルチャーを自分のなかで強く意識させられたのは、コロナ禍中のBLM(Black Lives Matter)ムーブメントですね。嫁が黒人と白人のハーフ(ヴァイオリン奏者のCelia Hatton)で、クラシックのミュージシャンなんですが、その世界では高齢の白人男性が権威的。ブラックやブラウンのミュージシャンがクラシックの世界でどのように扱われるのかといったテーマに関し、彼女は意識してインタビューを受けたりして、自分に何ができるのかについて考えていました。
そして俺はというと、アジア人、日本人であり、ブラックミュージックが好きだという無邪気な好奇心がきっかけで、ブラックコミュニティが自分を受け入れてくれたからこそ、いまがある。だから自分がどうすればブラックカルチャーに還元できるのかを真剣に考えるようになりました。
BIGYUKI
ブラックカルチャーの知識や滋養のようなものを吸収して、言ってしまえば自分のビジネスにしているわけで、それだけでいいのかとも自らに問いました。BLMのムーブメントのときから“文化盗用”ということが言われていたけど、結局“何が盗用か”に対する判断基準は人それぞれ。例えば、ブラックじゃない人がドレッドヘアにするのは文化盗用なのか、という問いに関しても人によって意見は違う。
曖昧な言い方だけど、“その文化に対してどれほどリスペクトを持っているのか”は絶対的に必要な観点だと思いますね。自分が好きで、かつ生計を立てているブラックミュージックについて、そのことが一体何を意味するのかについてはBLMでかなり意識しました。
輪郭を浮き彫りにする黒
BIGYUKIの作品と黒との関わりについても教えてください。まずデビューアルバム『Greek Fire』ではアルバムジャケットのデザインとして黒が使われています。デザイン上の意図があれば、教えていただけますでしょうか。
BIGYUKI
黒を使うということはスタート地点ではありませんでしたが、写真を撮ってくれたNYのカメラマン・Deneka Penistonが提案してくれました。彼女は、当時自分のいたミュージックシーンにいて、それぞれのアーティストの内面的なもの、表現したいことを研究し、ビジュアルをつくっていた。俺と写真を撮ることになったときに、俺は炎に対する探究心や、怖いもの見たさのようなイメージを表現したいと話しました。“炎”は自分の内面のメタファーで、自分のなかの鬱屈していた想いや、創り上げるものへの期待やワクワク、やってやるという意気込みが混ざった熱量。それを彼女が表現したビジュアルが『Greek Fire』のアルバムジャケットだったんです。
感覚的にこのビジュアルがいいなと思った理由は、モノトーンによって自分という人間の輪郭がより鮮明になるのではないかと考えたから。存在をシンプルに見せることで内面が鮮明になると思いますね。
2作目のアルバム『Reaching For Chiron』では、Visualizerを使って音楽をビジュアル的に表現していました。この制作背景はどのようなものでしょうか。
BIGYUKI
俺の親友であるYUKITAKAというアーティストがいて、彼は俺が表現したい世界観を深く理解している人のひとり。アルバム制作時に彼と話してビジュアライザーをつくろうという話になりました。アルバムタイトルのインスピレーションはケイローン(ギリシャ神話に出てくるケンタウロス族の賢者)から来ています。ケイローンは理知的な存在という側面があり、惑星の名前でもある。そこで『Reaching For Chiron』というのはダブルミーニングで、人を超えた理知的な存在になりたいという想いと、遠く離れたまだ見ぬ地平に辿り着きたいという想いを込めました。ビジュアライザーではYUKITAKAがその星を表現してくれた。
「俺はここにいる」
最後に、最新作『YAMASTE』の制作時の想いから、いまのBIGYUKIさんが考えていることをお聞きしたいです。
BIGYUKI
今回の曲のつくり方として、ツアーでいつも一緒に回っているメンバーとの演奏で突発的に出てきたアイデアや感覚を曲のベースにしたいと考えていました。その一人にRandy Runyonというギタリストがいて、彼の家で考えているときにふっと出てきたアイデアをもとに、バンド3人でスタジオ演奏してできた曲が『YAMASTE』です。
曲の構成としてはシンプルなA-B-A-Bで、はじめにメロディックなところがあって、次に一気に場面が反転し、重低音中心の音作りになる。『YAMASTE』という言葉は造語で、「Yeah, I’m gonna stay」なんです。つまり「俺はここにいるよ」という意志。
いま世界中で反移民の動きが広がっている。例えば自分はアメリカの第一世代の移民ではなく、トランプの支持層からするとよそ者なわけですよね。NYではあまり感じないけど、ツアーでアメリカの田舎に行ったりすると、人間がコミュニティで分かれていることを実感する。そんな状況で、自分がNYという場に残って表現する行為は、ある意味プロテストです。ただ“音楽が好きで演奏している”こと以上の意味を持ち得ると思う。だから「俺はここにいる」という気持ちを込めました。曲調が反転する一小節目の一拍目、力強いベースで杭を打つような感じで、ここから動かないぞ、と。ガーンと足を踏み入れるパワースタンスです。
BIGYUKIさんは以前、アーティストである限り何かを発信していくべきだし、活動はすべて政治的であらざるを得ないという話をされていました。
BIGYUKI
自分の音楽にとってつけたかたちで政治的メッセージを込めるのは好みではないんですが、俺にとってアートや音楽は自分のなかにある衝動的なものを表現する手段でありたいと思っています。衝動には日々の生活が反映されることになりますが、みんな自分の人生をそれぞれ生きていて、大なり小なり必ず、人生は政治的なものからの影響を受けている。だから自分の衝動を表現するときに、政治的なものは絶対に入っていると思います。
だからあえて、『YAMASTE』はレジスタンスの曲だとは言わず、ただ、いま自分がアジア人としてNYに住んでいる現実とはこういうことだ、と自分なりの考えを込めました。
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unknown=未知の状態に自ら足を踏み入れ続けてきたBIGYUKI。先の見えない暗闇に、もちろん恐怖心は湧くけれども、同時に好奇心とワクワクを感じるという。暗闇、ないし黒という色は、恐怖だけではなく好奇心も引き起こす。それは“何が起きるか分からない”という、何物をも覆い隠された状態にする性質に依るだろう。
未知への越境を何度も繰り返してきたBIGYUKIだからこそ、異なる文化同士の対立を語る言葉には現実的な実感に基づいた重心があった。問題への明快な解答を与えることは難しいが、必要なことはリスペクトであり、自分の行動には政治的なものが必ず反映されるという相対的な客観視だということは確実に言える。
「遠くから見たら黒でしかなかったが、中に入ってみるとさまざまな色があるのが分かる」とBIGYUKIは語った。恥をかきすて、楽観的にunknownに飛び込む勇気は自らの世界を多様にする。
BIGYUKIさんに聞く
Q&A of KURO
「未知なる状態は恐怖や不安を内包していて、でもまだ見ぬあこがれや憧憬も含んでいる。自分の人生の起点になり得るのではないかという期待もある、unknownが思い浮かびます。」
黒の表現者
6歳からピアノをはじめ、バークリー音大在学中からセッション・プレイヤーとして活躍。ア・トライブ・コールド・クエストとJ・コールの全米チャート1位獲得アルバムにそれぞれ参加し、JAZZシーンの最重要人物であるロバート・グラスパーやカマシ・ワシントンらと共演し賞賛を受ける。サイドマンとして数多くの成功を収めつつも、ソロ・アーティストとして自身の拠点となるNYで結成したバンドで日本や海外で多くのフェスに参加し、2019年はフジロックのレッドマーキーに出演。2021年にはユニバーサル・ミュージックからアルバム「Neon Chapter」をリリース。2023年は日本全国ツアーを敢行し、5拠点で8公演を大成功に収めた。