今回の種人は...
飯塚大和 研究員
ここは黒にまつわるWONDER(疑問)を探求する場。
「WONDERの種人(たねびと)」が持つ原体験をもとに毎月1つテーマを掲げ、読者や専門家とともに「黒の不思議」を楽しく学んでいく。第5回のテーマは「ブラックホールと黒」。記事は毎週更新予定。

ブラックホールって、黒いの?|前編

宵闇の中、空に輝く星を眺め、遥か遠くの宇宙に想像を巡らせる。
そんな原体験は誰しも必ずあるはず。星によって輝きの強さはなぜ違うんだろう? 月はなぜ毎日形を変えるんだろう?
宇宙に対しては手が届かない存在であるが故に、多くの疑問も感じてきたはずだ。

大人になり、知識として宇宙を理解していくと「ブラックホール」なんてものを知り、
光ですらその身に引き寄せ抜け出せなくする、“黒の使徒”のような存在に畏怖すら覚えた人も多いのではないだろうか。

WONDER第5回のテーマは「ブラックホールと黒」。

今回は、飯塚大和さんからいただくWONDERの種をもとに、
宇宙、そして黒という色を投影した作品を多く手がける彫刻家・名和晃平さんのお話を聞きながら、
未だ完全な解明がなされていないブラックホールを切り口に、黒へのイマジネーションを膨らませていきたいと思う。

—種人から寄せられた、WONDERの種—

黒の原体験、黒の不思議と聞かれて思い出すのは、幼少期に家族で行っていたキャンプでのこと。キャンプ場なので当然夜は真っ暗の闇だったんですが、だからこそ、星が本当に美しく輝いて見えて、あの星々は実際にはどういう場所なんだろう、という強い興味を抱きました。未知なるものへの憧憬でしょうか、漠然とですが宇宙という存在に対して「何かすごいもの」という意識はありました。実家にあった手塚治虫の『火の鳥』に魅かれたり……宇宙への関心度は、昔から高かったように感じます。

高校生になると「Newton」っていう科学雑誌も読み始めるようになり、宇宙特集で、どうやら宇宙のいろいろな事象は数式で描けるらしいということを知りました。アインシュタインによる一般相対性理論の直感的な解釈までには至っていませんが(笑)、「何かすごい」と感じていた宇宙に対する理解は少しずつ深まっていった感じがあります。

ただ、その中でも最も理解と遠いところにあるのが、ブラックホールでした。様々なカタチで取り上げられる題材なので幼少期から名前や存在を知ってはいたものの、大人になって知識を得ても「わかる!」にはならず、ずっと「すごい!」という感嘆の対象。言い換えると、ずっとわからないものなのかもしれませんが、わからないから知りたい……観測してみたいけど、入ってしまったら二度と戻れないというジレンマ。ふと、自分が近づいたところを想像することは昔からよくありましたね。

「ブラックホール=黒い」という部分にも引っかかっています。「光の粒子ですら吸収してしまうから黒く見える」というロジックの部分は理解しているつもりなんですが、実際に何がそこで起こっているのかは、やっぱりその場に行ってみないとわからないだろう……と。
だから、天文学者だったり専門家が、最新の研究をもとにブラックホールをどう解釈しているのかには、大きな興味があるんです。(飯塚)

↑ 粘度の高い液体が床に落ちるさまざまな段階の形状を3Dモデル化した彫刻作品シリーズ「Ether」。“無限柱”のように屹立するこの彫刻は、重力と反重力が打ち消し合った仮想的な無重力状態を表現している。
Ether / Direction Installation view: “mission[SPACE×ART] -beyond cosmologies,”Museum of contemporary Art Tokyo, Tokyo, Japan, 2014

彫刻家 名和晃平が思う「ブラックホールと黒」に対する印象

—–飯塚大和さんから生まれたWONDERの種を受け、『黒の研究所』では、世界で活躍する彫刻家であり「生命と宇宙、感性とテクノロジーの関係」を投影した作品を数多く手がける名和晃平さんに、「ブラックホールと黒」をテーマにお話をうかがってみた。

↑ 油絵具と油の混合特性により、数ヶ月間かけて状態変化が続く“場”を主題とする作品シリーズ「Black Field」。板パネルに積層された黒い油絵具は空気に触れた部分から自ら徐々に酸化し、硬化が進行していく。
Black Field#8 2022, oil wooden panel resin, h1620 × w1303 × d60 mm

0と1のコントラストを浮き立たせるための「黒」

—–彫刻作品からドローイング、インスタレーションまで、名和晃平さんの作品には「黒」も多く用いられていますが、そこに対して明確な思想や考え方などはあるのでしょうか?

—–「Force」は重力もテーマになっていますが、そんな部分からも宇宙との関わりが見えてきます。

↑ 質的に計算された液体の様態によって重力を視覚化するインスタレーション作品「Force」。動粘度を調整した黒いシリコーンオイルは、液状化した彫刻のように個体と液体の特性を曖昧にしながら、重力に従って天地垂直に流れ続け、黒い池を形成する。
Force 2017, mixed media, dimensions variable, Installation view : “Japanorama. A new vision on art since 1970,” Centre Pompidou-Metz, France, 2017

↑ 3Dスキャンしたポリゴンの表面にエフェクトをかけ、そのデータを再び実体化する「Trans」シリーズ。存在の面影をすくい出すように人体モデルから読み取った情報(Voxelデータ)が、実体に対して影となり、現実と仮想世界のパラレルな関係を生み出している。写真の《Trans-A/E》は、パイオニア10号・11号(約50年前にNASAが木星探査のために打ち上げ、現在も漆黒の宇宙空間を進み続ける惑星探査機)の機体に取り付けられた、人類からのメッセージを記した金属板に登場する男女のイラストをモチーフとしている。
Trans-A, Trans-E 2022, mixed media, 126.0 × 51.9 × 26.4 cm / 116.8 × 46.3 × 25.1 cm

宇宙との密接な関わりを感じさせる、思考の地平線

—–具体的に宇宙と自身の作品とのリンケージはどういうところに表れていると思いますか?

—–「生命と宇宙、感性とテクノロジー」を全体的な作品テーマのひとつにされていると思いますが、生命と宇宙の部分だけでなく、そこに感性とテクノロジーはどのように重なってくるのでしょうか?

ブラックホールは観測できない存在であり、宇宙最大の彫刻である

—–名和さんの「身体の感覚と視覚から得られる情報の境界を認識の変換点として彫刻化する」という考え方とブラックホールの概念に近いものを感じたのですが、ブラックホールからインスピレーションを感じたことはありますか?

黒色のベルベットで覆われた無数のカーボンファイバーロッドによって構成される彫刻作品「Spark」。重力の中心を示すようにも、寿命を迎えた巨大な恒星が爆発する瞬間を凍り付かせたようにも見え、それらはやがてブラックホールへと変化していく。
Spark Installation view: “Cosmic Sensibility,” PACE Seoul gallery, Seoul, Korea, 2023

様々な作品に息づく、名和晃平の「黒」へ向ける視線の先に

アーティストとしての類まれなる感性と、知性やテクノロジーへの探究心が独自の可能性を拡張し、
世界中でその存在感を増し続ける彫刻家・名和晃平。

「黒」という色に対するまなざしも、非常にロジカルでありながらどこかとらえどころが無く変幻自在だ。
東京・谷中の『SCAI THE BATHHOUSE』にて、2025年4月22日~7月12日まで開催予定の個展「Sentient」では、
物質性とそれを知覚する感性という、名和の創作におけるコアとなるテーマに挑戦するという。
これまでの展覧会のような一つひとつのシリーズに特化した表現ではなく、
様々な作品が混沌と入り乱れ、鑑賞者の身体感覚を複数の角度から喚起する空間があらわされる予定。

宇宙と人間、テクノロジーと知性、情報と身体、それらの関係はこれからどんな未来を描いていくのか、
そして人間の感性の行方はどこにあるのだろうか?

___中編へ続く

WONDERの表現者

名和晃平

彫刻家/Sandwich Inc.主宰/京都芸術大学教授

1975年生まれ。京都を拠点に活動。2003年京都市立芸術大学大学院美術研究科博士課程彫刻専攻修了。2009年「Sandwich」を創設。感覚に接続するインターフェイスとして、彫刻の「表皮」に着目し、セル(細胞・粒)という概念を機軸として、2002年に情報化時代を象徴する「PixCell」を発表。生命と宇宙、感性とテクノロジーの関係をテーマに、重力で描くペインティング「Direction」やシリコーンオイルが空間に降り注ぐ「Force」、液面に現れる泡とグリッドの「Biomatrix」、そして泡そのものが巨大なボリュームに成長する「Foam」など、彫刻の定義を柔軟に解釈し、鑑賞者に素材の物性がひらかれてくるような知覚体験を生み出してきた。近年では、アートパビリオン《洸庭》など、建築のプロジェクトも手がける。2015年以降、ベルギーの振付家/ダンサーのダミアン・ジャレとの協働によるパフォーマンス作品《VESSEL》《Mist》《Planet [wanderer]》の三部作を制作。2018年にフランス・ルーヴル美術館 ピラミッド内にて彫刻作品《Throne》を特別展示。2023年、フランス・セーヌ川のセガン島に高さ25mの屋外彫刻作品《Ether (Equality)》を恒久設置。2024年、ジャレとのコラボレーション4作目となるパフォーマンス作品《Mirage [transitory]》を福岡・博多で公演。2025年5月にはジュネーブで《Mirage》を、10月に京都・11月に東京で《Planet [wanderer]》を公演予定。

WONDERの種人

飯塚大和

「黒の研究所」研究所員

グラフィックデザイナー・エンジニア。大学で書体デザインとプログラミングに興味を持ち、2019年より岡本健デザイン事務所に所属。紙面のデザインから UI の設計まで、幅広い領域でのものづくりに取り組む。趣味は個人開発、料理、フリースタイルフットボール。