複数の色を混ぜると、黒に近づくのはなぜ?|後編
WONDER 第1回目の大テーマである「複数の色を混ぜると、黒に近づくのはなぜ?」
その疑問に対して、前編では問題提起として、種人・太田メグさんの原体験を紹介。中編では100人にアンケートを実施し、そこでわかったのは、多くの人が「複数の色を混ぜると、黒に近づく」に対し、体験や知識として肯定的であること。しかし「この色とこの色を、このぐらいの比率であわせると黒になる」という明確な答えを知る人はほとんどいないという事実。
そこで後編では、専門家の桑山哲郎先生にお話をうかがってみた。
物心ついたころから知っている「黒」。生活の中に当たり前にある「黒」。絵具セットにも、色鉛筆セットにも、他の色と同じように入っている「黒」。なのになぜ、他の色に比べて特別だと言えるのか……。
黒を知るために色を学ぶと、「黒は特別だ」ということが、さまざまな視点からわかってくる。ちょっと専門的な内容になるが、いずれも、明日誰かに話したくなるような面白い話ばかり。身近な色の世界に対する知識を、増やしてみてほしい。
●お話を聞いた専門家
桑山哲郎 博士(芸術工学 / 神戸芸術工科大学)
日本写真学会フェロー 元キャノン株式会社 元非常勤講師(千葉大学工学部ほか)
日本写真学会誌、日本色彩学会「色彩学」、光技術コンタクト誌に連載を執筆
日本写真学会、日本色彩学会、日本画像学会、日本光学会、映像情報メディア学会、応用物理学会 会員
ー はじめに、WONDER第1回のテーマとなっている疑問について、お聞きします。ズバリ、複数の絵の具を混ぜることで黒を作ることはできるのでしょうか?(黒の研究所)
実は、絵具をどれだけ混ぜても、純粋な黒は作れません。(桑山先生)
ー え…どれだけ絵の具を混ぜても、黒はできないんですか…!(黒の研究所)
そもそも今回いただいた企画書では「色を混ぜると黒になるのはなぜ?」(※依頼当初。桑山先生から指摘を経て「複数の色を混ぜると黒に近づくのはなぜ?」に変更)がテーマだったのですが、この表現を見て、そもそも混色についての理解から、深める必要があると感じました。純粋な黒が、絵具の混色からはつくれない理由を理解するためには、黒より先に「色」について、知らなければなりません。(桑山先生)
ー でも、赤、青、黄の三原色を混ぜたら、黒に近づくって学校で習った気がするんですけど?(黒の研究所)
誤解されやすいところでもあるので、色の基本と混色について、3つのポイントに分けて説明していきますね。今回の記事では伝えきれないこともたくさんあるんですが、まずは基礎ということで。(桑山先生)
桑山先生からすると、「複数の色を混ぜると黒に近づく」という認識は、間違ってはいないが正しくもないという。ここからは、桑山先生から教わった、黒という色の特別な個性を理解するうえで必要な知識を3つ、紹介してみたい。知っているようで知らない3つの視点から、あらためて黒を見てみることで、テーマに対する答えにつながる「黒の性質」を学んでいこう。
1 . 黒って、やっぱり特別な色?
あなたの目の前にいくつかの赤いりんごがあるとする。「りんごの色の違いをそれぞれ説明してください」と言われたら、あなたはどう説明するだろうか?
「1つ目のりんごは真っ赤で…」「2つ目のりんごは3つ目に比べて少し薄い赤で…」「3つ目のりんごは4つ目と比べるとちょっと暗めの赤かな」
このように目に見える色を人に伝えようとすると、実はとても曖昧で、人によってさまざまだ。
そうした個人差を少なくするために、知っておくべき要素が3つあることを、桑山先生に教えていただいた。「色の三属性」と呼ばれる、「色相」、「明度」、「彩度」だ。
【解説】色の三属性とは?
(1)色相
りんごの色は赤、レモンの色は黄色、空の色は青と、多くの人が思い浮かべることができる「色合い」のこと。
(2)明度
色と色を比べて、明るい色とか暗い色というように表現できる色の「明るさ」のこと。レモンの黄色となすの紫を比べるとレモンの黄色の方が明るいと感じるように、色相に関係なく比較することができるのが「明度」が持つ性質。
(3)彩度
同じ黄色でも、レモンと梨を比べたときに、レモンの方が鮮やかな黄色で、梨の方がくすんだ黄色だと感じるように、「色相」や「明度」とは別に「あざやかさ」の度合いを示す性質のことを「彩度」という。
「色相×明度×彩度」
=3次元で色をとらえる?
「明るい緑」や「暗い青」など、色合いを明るさで比較する表現方法は、日常会話のなかでも聞きなじみがある。何気なく表現していることだが、これは「色相」と「明度」の掛け合わせ(2つの視点)で色を見ているということ。しかし2つのほかに「あざやかな色」や「くすんだ色」と表現するような「彩度」の視点もあることを忘れてはならない。
私たちが桑山先生から最初に問われ、驚いたことがある。それは、「まず、色は3次元で認識するものだと知っていますか?」ということ。
正直、日々暮らしていくなかでそんなことは考えたこともなかったし、3次元といわれてもイメージが湧いてこない!
ただ、専門家の間では「色は3次元でとらえること」が一般的なのだという。
そして、「色を3次元でとらえる」ときに必要な要素が、実はさきほど解説した「色の三属性」。
「色相」「明度」「彩度」を軸にすることで、色を共通の認識でとらえやすくなるのだ。
色を3次元でとらえてみると、白と黒、2つをつなぐグレーのグラデーションには明度しか基準がない。彩度や色相に関与されない白と黒は、やはり異質な存在なのだ。
【解説】色を3次元でとらえるとは?
「色の三属性」である「色相」「明度」「彩度」をそれぞれ数値化し、体系的に色を認識するための立体図を見るとわかりやすい。「マンセル表色系(ひょうしょくけい)」と呼ばれるもので「色を3次元でとらえる」イメージがわく。
「色の三属性」のうち「色相」を外周、「明度」を縦軸、「彩度」を中心から外周に向かう横軸としていて、下へ行くほど「明度」が低く(黒く、暗く)なり、中心から外へ行くほど「彩度」が高く(あざやかに)なるという構造になっている。
そして「マンセル表色系」のなかで黒がどこに位置しているかというと、中心部の一番底。
「明度」を表す縦軸のなかで最も暗い部分に位置し、横軸の彩度についてはまったく関与されないものとして置かれている。
POINT
黒を理解するためのポイント①
・色相(色合い)
・明度(明るさ)
・彩度(あざやかさ)
これを、色彩の世界では「色の三属性」と呼ぶ。
黒を理解するためのポイント②
マンセル表色系のなかで黒は中心軸の一番底にあり、中心軸のグラデーションには明度しか基準がない。てっぺんの白と底の黒、それをつなぐグレーのグラデーション。これらの色は、赤や青といった他の色と別軸に置かれている。
2 . 黒は、そもそも色なのか?
イギリスの学者アイザック・ニュートンは、万有引力の法則を発見したことで有名だが、実は太陽の光を用いた実験から、色を探求していた人物でもある。
ニュートンは実験を通して、私たちが色を認識することにも深く関わる、さまざまな色の光の波長を発見。そこからニュートンが導き出したのは……「太陽の白い色の光は、すべての色が混ざったもの」という結論だった。
【解説】ニュートンの光と色の実験
ニュートンがケンブリッジ大学を卒業後、大学のメンバーとして行った研究のノートが同大学内に残っており、その中にプリズム(=ガラスなどでできた透明の三角柱で、光を屈折させたり分散させたりする道具)を用いた光と色の実験記録が記されている。
まず、暗室の壁に小さい穴を空けて太陽光を一筋、プリズムまで導く。次にプリズムを通過させることで光が分散(=専門的には「分光」と呼ばれる)することに着目。
分散した光を白い紙でキャッチすることで、下から順に赤(RED)、橙(ORANGE)、黄(YELLOW)、緑(GREEN)、青(BLUE)、藍(INDIGO)、菫(VIOLET)と7色の光の波長(=スペクトル)になることを発見した。太陽の光の中に、さまざまな色の光の波長が含まれていることがわかったのだ。スペクトルはのちに「虹の7色」として広く知られることになる。
スペクトルの発見だけでも十分に興味深いのだが、ニュートンは「プリズムを通って7色に分散した帯状の光を凸レンズとプリズムに通すと、7色の光はふたたび白色の光に戻る」ことも実証。「太陽の白い色の光は、すべての光が混ざったもの」という結論を導き出したのだ。
もう一つ、ニュートンが実験のなかで発見したことに、スペクトルの7色の両端を接続させた、カラーサークルがある。
ただ、このあたりで気になることがでてくる。ニュートンは「太陽光=すべての色が混ざったもの」と結論付け、カラーサークルで色の関係性を見えるようにしたのだが、太陽光を「白」、その中に存在しているスペクトルを「すべての色」だとすると……「黒」はどこにあるのだろうか?
「すべての色」のなかに「黒」は含まれていない。色の根源である「光」が「白」であるならば、その反対の「黒」は「闇」。ニュートンは「黒」を「色」として認識していなかったということだろうか?
POINT
黒を理解するためのポイント③
ニュートンは光と色の実験を通して「太陽光=すべての色が混ざったもの」と結論付けた。しかし、太陽光を「白」、その中に存在しているスペクトル(=7色の光の波長)を「すべての色」だとすると、「黒」はどこにあるのだろうか?という不思議が残った。
色の根源である「光」が「白」であるならば、その反対の「黒」は「闇」。
「太陽光に含まれる光の波長を何も反射しない状態」ということだ。
黒はもはや色なのか、闇なのか……
3.絵具を混ぜて黒をつくることはできない?
最後に「混色」についても少し深く学んでみたい。
話の冒頭で聞いた「複数の絵具を混ぜて純粋な黒をつくることはできない」というおどろきの答え。一体、どうして「できない」と言えるのか。
「色を混ぜても純粋な黒にはならない」を示す例として、絵具とおなじく混ぜる(重ねる)ことで色が暗く濁っていくカラーセロファンがわかりやすい。重ねてつくった暗い色と、黒を比べて見てみよう。
「混ぜると限りなく黒に近い色ができる」とされているのは色の三原色(シアン、マゼンタ、イエロー)だが、実際に各色でつくられたカラーセロファンを重ねてみると……
上が黒インクで印刷されたもの、下が色の三原色を重ねたもの。重ねたものも単体で見ると黒だと感じるかもしれないが、上の黒インクの方と比べると、純粋な黒ではないことが見てとれる。
【解説】なぜ純粋な黒にならないの?
人間が、発光していない物体の色を感じることができるのは、特定の波長が人間の網膜に刺激を与えて色として感じさせているからで、色がついているように見えている物体が、一部の波長以外の光を吸収しているから。
りんごが赤く見えるのは、りんごの表面が赤い波長以外の光を吸収しているということになる。
そして、色を重ねれば重ねるほどに、目に届く波長の「種類」と「量」が減っていき、暗く見えていく……。
しかし、重ねたもの(色が混ざったもの)が純粋な黒に見えないのは、3色の重ね合わせでは残ってしまう光の波長が、目に届いているから。
つまり、黒は目に光の波長が届かない状態(=物体が光をすべて吸収し、反射がない状態)ということになる。複数の色をどれだけ混ぜても、わずかに光の波長が残ってしまい、完全な黒をつくることは不可能となるのだ。
※カラー写真などの印刷物では、シアン、マゼンタ、イエローのインクを十分濃くすることで、目で見たときに黒に見えるよう調整されている
ちなみに「色の三原色」のほかに、色を混ぜることで明るくなり、最終的に白になる「光の三原色」というものがあることをご存じだろうか?
例えばプリンターのインクのようにCMYを三原色とする色と、液晶テレビやスマートフォン画面のようにRGBを三原色とする光。
混色にも大きく分けて2つの種類がある。
【解説】2種類の混色
混色には「加法混色」と「減法混色」がある。
図を見てみると「加法混色」は3色が重なった中心部分が白、「減法混色」は黒に近い暗い色になっているのがわかる。
■加法混色
・光の三原色=赤(R)、緑(G)、青(B)を組み合わせて色を表現する方法
・色を重ねるごとに明るくなり、三原色すべてを重ねると白になる
・カラーテレビ、パソコン、スポットライトなど、ディスプレイから発せられる色は加法混色で表現されている
■減法混色
・色の三原色=シアン(C)、マゼンタ(M)、イエロー(Y)を組み合わせて色を表現する方法
・色を重ねるごとに暗くなり、三原色全てを重ねると黒に近い色になる
・印刷物(カラーインク)、絵具などの色料の混色や、発光していない物体の色を人間の目が認識するしくみは減法混色の原理
最後にもうひとつ「絵具を混ぜても純粋な黒をつくることはできない」という結論に対して、少しでも黒に近づけるためにはどうしたらよいか?ということを、おまけの知識として知っておきたい。
減法混色にも「にごりにくい色の組み合わせ」と「にごりやすい色の組み合わせ」があるのだが
色相環(=色相を円環上にしたもの)の図を用いながら解説していくと……。
左の図のように色として似た性質を持つ「類似色」の絵具を混ぜると色はにごりにくい。しかし、右の図のように色として真逆の性質を持つ「補色」の絵具を混ぜると、お互いの色を相殺してにごった黒っぽい色をつくることができるのだ。
POINT
黒を理解するためのポイント④
「混ぜると限りなく黒に近い色をつくることができる」とされている「色の三原色(=シアン、マゼンタ、イエロー)」で純粋な黒をつくることができないのは、3色を混ぜてもわずかに残ってしまう光の波長が、目に届いているから。
黒を理解するためのポイント⑤
混色で純粋な黒をつくることはできないが、色相環上で真逆に位置している「補色」同士を混ぜることで、黒に近い色をつくることができる。
知っていそうで知らない黒の世界
いくつかの視点から色に関する知識を学んでみて、どの学びからも最終的に行きつくのは、「黒という色が持つ個性」や「黒という色のつかめなさ」。絵具を起点に色彩の世界を知り、知識を得て、黒をとらえようとしたものの、知れば知るほど黒の異質さが見えてくる。
「黒を使わずに髪の毛を描いてみる」という原体験からスタートし、黒という存在を想像の世界と論理の世界から感じてみることで、黒に導かれ、不思議の世界にひきこまれていく。
黒とは、色なのか、闇なのか、イメージなのか……
読者のみなさんにも、第1回目のWONDERをきっかけに、黒の不思議を再発見し、不思議の世界を漂う楽しさを実感し、引き続き『黒の研究所』とともに、黒にまつわるWONDERを探求していただけたら、幸いである。
【参考文献】
大山正(1994)
「色彩心理学入門 ニュートンとゲーテの流れを追って」中公新書
江森康文・大山正・深尾謹之介・編(1979)
「色 その科学と文化」朝倉書店
桑山哲郎 博士(芸術工学 / 神戸芸術工科大学)
日本写真学会フェロー
元キャノン株式会社 元非常勤講師(千葉大学工学部ほか)
日本写真学会誌、日本色彩学会「色彩学」、光技術コンタクト誌に連載を執筆
日本写真学会、日本色彩学会、日本画像学会、日本光学会、映像情報メディア学会、応用物理学会 会員
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太田メグ
Cat’s ISSUE 主宰、ディレクター。多摩美術大学卒業後、デザイン、編集、キュレーションとアートを土壌に様々な職を経験し、2010 年アートラウンジ「SUNDAY ISSUE」を立ち上げる。2013年にはネコ好きクリエイターと共に、ネコへの偏愛を発信するプロジェクト「Cat’s ISSUE」を発足。以後「Cat’s ISSUE」にて、アパレルおよび雑貨のデザイン・企画、POP-UPなどを開催。また、 「Cat’s ISSUE」の利益の一部をネコの保護活動へ募金するなど、ネコと人との幸せな生活を啓蒙していくプロジェクトとしても現在活動を続けている