今回の種人は...
太田 メグ 研究員
黒にまつわるWONDER(疑問)を探求する場。
第1回のテーマは「混色と黒」。種人・太田メグ研究員による「複数の色を混ぜると、黒に近づくのはなぜ?」という疑問を提起した前編。混色と黒をテーマに100人アンケートを実施した中編を受けて、後編では専門家の知見をお借りして、黒のWONDERへアプローチしていく。デジタルでよく聞くRGBと、プリンターのインクにあるCMYKの違いとは? 色は3次元でとらえるもの? など、意外と知らない黒の基礎知識が満載です。

複数の色を混ぜると、黒に近づくのはなぜ?|後編

WONDER 第1回目の大テーマである「複数の色を混ぜると、黒に近づくのはなぜ?」

その疑問に対して、前編では問題提起として、種人・太田メグさんの原体験を紹介。中編では100人にアンケートを実施し、そこでわかったのは、多くの人が「複数の色を混ぜると、黒に近づく」に対し、体験や知識として肯定的であること。しかし「この色とこの色を、このぐらいの比率であわせると黒になる」という明確な答えを知る人はほとんどいないという事実。

そこで後編では、専門家の桑山哲郎先生にお話をうかがってみた。

物心ついたころから知っている「黒」。生活の中に当たり前にある「黒」。絵具セットにも、色鉛筆セットにも、他の色と同じように入っている「黒」。なのになぜ、他の色に比べて特別だと言えるのか……。

黒を知るために色を学ぶと、「黒は特別だ」ということが、さまざまな視点からわかってくる。ちょっと専門的な内容になるが、いずれも、明日誰かに話したくなるような面白い話ばかり。身近な色の世界に対する知識を、増やしてみてほしい。

桑山先生からすると、「複数の色を混ぜると黒に近づく」という認識は、間違ってはいないが正しくもないという。ここからは、桑山先生から教わった、黒という色の特別な個性を理解するうえで必要な知識を3つ、紹介してみたい。知っているようで知らない3つの視点から、あらためて黒を見てみることで、テーマに対する答えにつながる「黒の性質」を学んでいこう。

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「色相×明度×彩度」
     =3次元で色をとらえる?

黒を理解するためのポイント①

・色相(色合い)
明度(明るさ)
彩度(あざやかさ)

これを、色彩の世界では「色の三属性」と呼ぶ。

黒を理解するためのポイント②

マンセル表色系のなかで黒は中心軸の一番底にあり、中心軸のグラデーションには明度しか基準がない。てっぺんの白と底の黒、それをつなぐグレーのグラデーション。これらの色は、赤や青といった他の色と別軸に置かれている。

ニュートンがケンブリッジ大学を卒業後、大学のメンバーとして行った研究のノートが同大学内に残っており、その中にプリズム(=ガラスなどでできた透明の三角柱で、光を屈折させたり分散させたりする道具)を用いた光と色の実験記録が記されている。

まず、暗室の壁に小さい穴を空けて太陽光を一筋、プリズムまで導く。次にプリズムを通過させることで光が分散(=専門的には「分光」と呼ばれる)することに着目。

分散した光を白い紙でキャッチすることで、下から順に赤(RED)、橙(ORANGE)、黄(YELLOW)、緑(GREEN)、青(BLUE)、藍(INDIGO)、菫(VIOLET)と7色の光の波長(=スペクトル)になることを発見した。太陽の光の中に、さまざまな色の光の波長が含まれていることがわかったのだ。スペクトルはのちに「虹の7色」として広く知られることになる。

スペクトルの発見だけでも十分に興味深いのだが、ニュートンは「プリズムを通って7色に分散した帯状の光を凸レンズとプリズムに通すと、7色の光はふたたび白色の光に戻る」ことも実証。「太陽の白い色の光は、すべての光が混ざったもの」という結論を導き出したのだ。

もう一つ、ニュートンが実験のなかで発見したことに、スペクトルの7色の両端を接続させた、カラーサークルがある。

※なおこの図は、のちの研究でやや調整が加えられることになるのだが、カラーサークルを考え出したこと自体、色彩学における大偉業だ

ただ、このあたりで気になることがでてくる。ニュートンは「太陽光=すべての色が混ざったもの」と結論付け、カラーサークルで色の関係性を見えるようにしたのだが、太陽光を「白」、その中に存在しているスペクトルを「すべての色」だとすると……「黒」はどこにあるのだろうか?

「すべての色」のなかに「黒」は含まれていない。色の根源である「光」が「白」であるならば、その反対の「黒」は「闇」。ニュートンは「黒」を「色」として認識していなかったということだろうか? 

話の冒頭で聞いた「複数の絵具を混ぜて純粋な黒をつくることはできない」というおどろきの答え。一体、どうして「できない」と言えるのか。

参考資料:『東京工芸大学カラボギャラリー』のノベルティ
参考資料:『東京工芸大学カラボギャラリー』のノベルティ

ちなみに「色の三原色」のほかに、色を混ぜることで明るくなり、最終的に白になる「光の三原色」というものがあることをご存じだろうか?

例えばプリンターのインクのようにCMYを三原色とする色と、液晶テレビやスマートフォン画面のようにRGBを三原色とする光。
混色にも大きく分けて2つの種類がある。

黒を理解するためのポイント

「混ぜると限りなく黒に近い色をつくることができる」とされている「色の三原色(=シアン、マゼンタ、イエロー)」で純粋な黒をつくることができないのは、3色を混ぜてもわずかに残ってしまう光の波長が、目に届いているから。

黒を理解するためのポイント

混色で純粋な黒をつくることはできないが、色相環上で真逆に位置している「補色」同士を混ぜることで、黒に近い色をつくることができる。

いくつかの視点から色に関する知識を学んでみて、どの学びからも最終的に行きつくのは、「黒という色が持つ個性」や「黒という色のつかめなさ」。絵具を起点に色彩の世界を知り、知識を得て、黒をとらえようとしたものの、知れば知るほど黒の異質さが見えてくる。

「黒を使わずに髪の毛を描いてみる」という原体験からスタートし、黒という存在を想像の世界と論理の世界から感じてみることで、黒に導かれ、不思議の世界にひきこまれていく。

黒とは、色なのか、闇なのか、イメージなのか……

読者のみなさんにも、第1回目のWONDERをきっかけに、黒の不思議を再発見し、不思議の世界を漂う楽しさを実感し、引き続き『黒の研究所』とともに、黒にまつわるWONDERを探求していただけたら、幸いである。

____番外編へ続く




【参考文献】
大山正(1994)
「色彩心理学入門 ニュートンとゲーテの流れを追って」中公新書

江森康文・大山正・深尾謹之介・編(1979)
「色 その科学と文化」朝倉書店

今回お話を聞いた人
桑山哲郎 博士(芸術工学 / 神戸芸術工科大学)

日本写真学会フェロー
元キャノン株式会社 元非常勤講師(千葉大学工学部ほか)
日本写真学会誌、日本色彩学会「色彩学」、光技術コンタクト誌に連載を執筆
日本写真学会、日本色彩学会、日本画像学会、日本光学会、映像情報メディア学会、応用物理学会 会員
Facebookhttps://www.facebook.com/tetsuro.kuwayama.5/
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WONDERの種人
太田メグ

Cat’s ISSUE 主宰、ディレクター。多摩美術大学卒業後、デザイン、編集、キュレーションとアートを土壌に様々な職を経験し、2010 年アートラウンジ「SUNDAY ISSUE」を立ち上げる。2013年にはネコ好きクリエイターと共に、ネコへの偏愛を発信するプロジェクト「Cat’s ISSUE」を発足。以後「Cat’s ISSUE」にて、アパレルおよび雑貨のデザイン・企画、POP-UPなどを開催。また、 「Cat’s ISSUE」の利益の一部をネコの保護活動へ募金するなど、ネコと人との幸せな生活を啓蒙していくプロジェクトとしても現在活動を続けている