今回の種人は...
太田 メグ 研究員
黒にまつわるWONDER(疑問)を探求する場。
「混色と黒」というテーマへアプローチすることで見えてきた、色の不思議。そして、黒の深み。それらにアートの視点をかけあわせてみると…? 『黒の研究所』が見つけてきたアーティストとその作品を紹介する番外編。

複数の色を混ぜると、黒に近づくのはなぜ?|番外編

種人である太田メグさんの「黒を使わずに髪の毛を描いてみる」という原体験をきっかけに、「混色」をテーマに、黒の不思議、色の面白さを再発見してきた、WONDER第1回目。

番外編では、今回黒をきっかけに発見した「経験や知識、感性によって、色のとらえ方が人それぞれに違う」という面白さを、もう一歩深く、アートの世界から体験してみたい。

紹介するのは、目に見えないもの、触れられないものを質感や色で表現したアメリカの画家・マーク・ロスコ(1903-1970)。一見少ない色数の抽象画だが、絵具を薄くのばして重ね、作られた色は、独特で深く、見方、角度、鑑賞時間によって、感じ方が変化する。観る人次第でさまざまな受け止め方があるのが特徴だ。

1903年にロシアで生まれ、10歳の頃アメリカへ移住。その後アメリカ国籍を取得し、マーカス・ロスコヴィッツから、マーク・ロスコと名乗るようになる。初期作品はほとんどが具象画だったが、多彩な色面が浮かぶ抽象画(マルチフォーム)に取り組んだのち、縦長のキャンバスに柔らかな境界線で描かれた図形が並ぶ、代表的とされる作品スタイルへと変わっていく。

ロスコ独特のスタイルを確立したのは1950年代頃。大きなキャンバス全体を少ない色数の色面で埋めつくす大胆なスタイルは「カラーフィールド・ペインティング」と呼ばれ、ロスコはそのアート・ムーヴメントの一翼を担った。

作品の特徴は、油絵具やアクリル絵具などの不透明な画材を水彩のように薄く溶き、下の色が透けて見えるほどに何層も塗り重ねていること。独特の透明感をまとった色彩を眺めていると、だんだんと色の奥行きが見えはじめ、色彩がキャンバスの中で呼吸しているかのように感じられてくる。

提供:ALBUM/アフロ  © 1998 Kate Rothko Prizel & Christopher Rothko / ARS, New York / JASPAR, Tokyo X0314

■カラーフィールド・ペインティング
カラー(色彩)を使って、キャンバスにフィールド(場)を描く作風のこと。アーティストによって作風はそれぞれ異なるが、物質感やストーリー性を持たせることを避け、ただひたすらに色彩によって、精神的な奥の深さを感じさせるというところでは、共通点を持つ。

作品と対話するための空間

千葉県佐倉市にあるDIC川村記念美術館には、ロスコの大きな絵画7点(“シーグラム壁画”シリーズ)で構成された「ロスコ・ルーム」がある。

ロスコ・ルーム 撮影:渡邉修 © 1998 Kate Rothko Prizel & Christopher Rothko / ARS, New York / JASPAR, Tokyo X0314

自分の作品が他人の作品と隣接されることを嫌っていたロスコ。1950年代末、マンハッタンに建設されたシーグラム・ビル内に開業するレストランのために制作された“シーグラム壁画”は「自分の作品だけで一室を満たす」という彼の願いが初めて叶うはずの連作だった。結局、シーグラム・ビルにおいて、その願いがかなうことはなかったが、半世紀後日本で、画家の夢をかたちにすべく、専用展示室として現在の「ロスコ・ルーム」が設計されたのだ。

“シーグラム壁画”は、雲のように広がる色面が光を静かに放つようなロスコの代表的な絵画とは、少し異なっている。暗鬱な色を背景にダークな赤や暗褐色などで描かれているのは、窓や扉のようにも見える図形。独特の絵肌におどろおどろしさを感じる作品だが、しばらく囲まれていると、自分の意識が内へと染まる感覚を受けるだろう。描かれた図形は「概念」としてのもので、あちら側とこちら側の境界を示し、あちら側へ行こうとする私たちの意思を拒むようにも見える。

《無題》1959年 DIC川村記念美術館 © 1998 Kate Rothko Prizel & Christopher Rothko / ARS, New York / JASPAR, Tokyo X0314
《壁画 セクション 1》1959年 DIC川村記念美術館 © 1998 Kate Rothko Prizel & Christopher Rothko / ARS, New York / JASPAR, Tokyo X0314
《「壁画 No.4」のためのスケッチ》1958年 DIC川村記念美術館 © 1998 Kate Rothko Prizel & Christopher Rothko / ARS, New York / JASPAR, Tokyo X0314

抽象表現に込められた緻密な計画

また、ロスコは鑑賞者にどのように訴えかけ、どう理解されるかにも徹底的にこだわっていた。1958年プラト美術館で講演をおこなった際には、絵を描くときに慎重に計画している「7つの成分」についても語っている。

1. 死に対する明瞭な関心がなければならない。命には限りがあると身近に感じること。

2. 官能性。世界と具体的に交わる基礎となるもの。存在するものに対して欲望をかきたてる関わり方。

3. 緊張や葛藤、もしくは欲望の抑制。

4. アイロニー。ひとが一時、何か別のものに至るのに必要な自己滅却と検証。

5. 機知と遊び心。人間的要素として。

6. はかなさと偶然性。人間的要素として。

7. 希望。悲劇的な観念を耐えやすくするための10パーセント。

ロスコの作品と対峙すると、描かれたものと自らの魂が溶け合っていくかのような感覚すらおぼえる。音の響きに身を委ねるように、色彩の揺らぎが生み出す深い感覚をじっくりと味わっていくと、温かさや深さ、内省的な静けさを受け取ると同時に、深くに秘められた緊張や畏怖、暴力性のようなものまでを感じることができるのではないだろうか。

画面の中で呼吸する色彩、作品と純粋に向き合う環境、そして、大切にしていた7つの成分。ロスコの作品と深く向き合うことで、あなたにはどんな色が見えるだろうか。そこには「黒」の持つ深さと、つながるものがあるかもしれない。

WONDERの種人
太田メグ

Cat’s ISSUE 主宰、ディレクター。多摩美術大学卒業後、デザイン、編集、キュレーションとアートを土壌に様々な職を経験し、2010 年アートラウンジ「SUNDAY ISSUE」を立ち上げる。2013年にはネコ好きクリエイターと共に、ネコへの偏愛を発信するプロジェクト「Cat’s ISSUE」を発足。以後「Cat’s ISSUE」にて、アパレルおよび雑貨のデザイン・企画、POP-UPなどを開催。また、 「Cat’s ISSUE」の利益の一部をネコの保護活動へ募金するなど、ネコと人との幸せな生活を啓蒙していくプロジェクトとしても現在活動を続けている