“黒い”と“暗い”ってなにが違うの?|前編
「黒」という色を説明するとき、あなたはどう答えるでしょうか?
カラスの色?それとも、明かりを消した部屋の色?
前回のWONDERでは「混色」というアプローチで、色合いなど、さまざまな色があるなかでの「黒」について探求してきましたが、黒は他の色とは違った個性を持っているという結論に至ったものの、もはや色だと言えるのか、はたまた闇という存在なのか…という疑問が残っていました。
WONDER第2回では、「光と闇」を題材に黒を探求していこうと思います。
「光と闇」は、置き換えるならば、それぞれ何色になるのでしょうか?
多くの人が思い浮かべるのは「光=白、闇=黒」ではないでしょうか。では、光と白、闇と黒、それぞれどう違うのでしょう。「黒いカラス」と「暗いカラス」では、解釈が少し違ってきますよね。
光と闇の関係性とは?黒と闇の違いとは?
今回は内藤琴絵さんからいただくWONDERの種をもとに、探求してみたいと思います。
デッサンをするときに意識するのは光?それとも…?
私にとって「黒の不思議」にまつわる原体験といえば、高校生のころ。美大に入ることを目標としていた私は、美大入試の必須科目となるデッサンを、美術予備校で学んでいました。デッサンとは、鉛筆や木炭などの黒い画材を使って、モチーフとなる対象物を、画用紙など平面の上に描き起こしていくこと。目に見えるものを忠実に再現するという、基礎画力を求められます。
デッサンをするうえで大切なのは、モチーフの形、奥行き、色、そして光の当たり方、影の落ち方などをよく観察すること。当たり前に目にしているものへの見方を変え、普段であればスルーしてしまうような情報を、知らないつもりでひとつひとつ拾っていくことが、上達のコツだと教わっていました。
そのため、私はデッサンをするとき、モチーフに対して光がどのように当たっているか、当たった光によって影がどこに落ちているかをずっと追っていました。光の当たり具合によって濃さが異なる影を追い、鉛筆で足していくことで、白い紙の上に光が浮かびあがり、描写している物体が存在感を帯びていく。
光を追って、影を探す…この感覚には心地よさもあったのですが、同時に、私を混乱させるものでもありました。特に石膏デッサンは、もはや光と影の迷宮。真っ白の物体を描くのに、使うのは黒い鉛筆。石膏像に落ちる影をとらえて白い紙に黒で描いていく工程において、光と影、白と黒をいったりきたりしていると、私は何を見つけて、何を描いているのか…という感覚が生まれ、観察すればするほど、わけがわからなくなってしまう。でも、うまい人は本当にうまくて、光と影だけの描写なのに、立体感はもちろん、質感や重量感まで画用紙に浮かんでくるのです。
光と影にとらわれてから、日々の生活のなかで、両者の関係性を意識することが増えました。
太陽の光が当たらない影の部分があるから、月の満ち欠けが起こる。生い茂る葉の影が落ちることで、初めて木漏れ日という存在を認識することができる。人生に光を求めるのなら、まず思い通りにならない現実という影と対峙しなければならない。さらに、時刻によって影の伸び方は変わる。葉の重なり方や地面の凹凸で、落ちる影の濃さはそれぞれ違っている。そして、人生には光と影の二面だけではなく、光寄りの影もあれば、影寄りの光も存在する。
さまざまな場面で、光と影が生み出す生命力のようなものを感じたり、光と影は切っても切れない、相反するけど繋がっている存在なんだという発見があったりしました。
“黒い”と“暗い”ってなにが違うの?
また、もうひとつ。「“黒い”と“暗い”ってなにが違うんだろう」という疑問も、デッサンを通して生まれ、生活のなかでずっと楽しく、抱いてきました。
デッサンにおいては、光も影も、モチーフそのものの色も、すべて鉛筆の「黒」で、それぞれの濃さやテクスチャを追いながら、紙の上に表現していきます。さまざまな要素や情報を同じ黒で描写しているけど「輪郭のある物体が持つ色としての黒」と「光が遮られることによってできる影(=闇)としての黒」は、なんだか別物であるように感じたんです。
今回、前編の記事を作成するにあたって、普段講師として美術予備校などでデッサンを教えているセンザキリョウスケさんにお越しいただき、実際に石膏デッサンを実演いただいたのですが、その際に“黒い”と“暗い”の違いについてうかがってみたところ、以下のような答えが返ってきました。
「“黒い”は固有色で、“暗い”は陰影という解釈です。“黒い”ものは光が当たっても黒い(逆に言えば、光が当たることによってそのものが黒色だと認識できる)けど、“暗い”は光がなにかに当たって影が落ちることでできる色。それぞれ、成り立ちが違うのかなと思います」
あなたは黒を、どうとらえる?
センザキさんにいただいた、流石の回答。たしかに“黒い”と“暗い”では、そもそもの成り立ちが違うように思えてきます。ただ、どれだけの人が“黒い”と“暗い”の違いを聞かれたときに自分なりの解釈を答えられるでしょうか。また、この答えは本当なのでしょうか。
その身近さと特別な個性から、人それぞれでとらえ方が違い、好奇心を駆り立ててくれるのが、黒の魅力でもあります。
果たして、“黒い”と“暗い”にはなにか違いはあるのか……。
黒と闇というテーマから、どんな発見や面白さと出会えるのか。今回も、ワクワクしながら探求を進めていきたいと思います。
内藤琴絵
「黒の研究所」研究所員
愛媛県出身。ものごころついたころから絵を描くことが好きで、高校時代にデザインやアートを専門的に学びはじめる。武蔵野美術大学を卒業後、消費財メーカーでデザイナー職を経験。現在は雑誌などの制作・出版とともに、さまざまなメディアプロデュースを行う株式会社EDITORSに在籍。整理された空間を好む一方で、縄や石など、自然の生命力を感じる有機的なチカラを信じている。最近感動したのは「闇」という文字の成り立ち。