シマウマは、なぜ白黒なの?|前編
動物園に行ったり、図鑑を読んだり……
多くの人は幼いころからさまざまなものに触れることで、生態の異なる動物が存在することを知り、世界が広がる感覚を得てきたのではないでしょうか。
しかし、そもそも、それぞれの種において、姿かたちや生態が違っているのはどうしてなのでしょう? 動物が身にまとう色には、どんな意味があるのでしょう? そして、動物にとっての黒とは、どのような存在なのでしょうか?
WONDER第4回のテーマは、「動物と黒」。
今回は、渡邊真人さんからいただくWONDERの種をもとに、さまざまな動物が共存する世界における、黒の不思議を、探求していきたいと思います。
「大鯰列島図襖絵」Ⓒ丹羽優太
幼いころの僕にとって、犬は兄弟のようなものでした。家の鍵を忘れて出かけてしまった日には、外飼いだった愛犬の小屋に(無理やり)入り、リトル(当時飼っていた犬の名前)の瞳が見つめる先や、ヒクヒクとよく動く湿った鼻、敏感に反応する毛やしっぽを観察するのが好きでした。服は毛だらけ、においも獣くさかったのかもしれませんが、僕にとっては退屈でしかない庭の景色が彼にはどう見えているのだろう、においや気配を、リトルはどう感じているのだろう…そんな妄想で暇つぶしをしていたことを覚えています。
中学で詩を好きになったことで、いろいろなものごとの感じ方が人間でも違うこと、伝え方によっても変わることに気づき、高校で今度は哲学めいたものに惹かれた僕は、空、風、におい……とにかく、自分の見ている世界のあらゆるものごとに対して、疑いを持つ日々を過ごすようになりました。
そのとき、ふと生まれ、いまだに消化されない疑問が「シマウマはなぜ白黒なのか」というもの。環境に同化する保護色をまとう? 敵に対して警戒を表す? 同種に対してアピールする? 生物が持つ色の所説を学んでも、そもそも視覚による情報の重要度が人間とは違うと理解しても、なんだかモヤモヤするのが、パンダやシマウマといった白黒の生物。身を隠すなら、夜の闇にも、昼の陰にも紛れられそうな、真っ黒でいいのでは? 模様で主張するにしても、白黒って地味じゃないですか?
「あれ、そもそも自然界に黒ってあるんだっけ?」「なぜ黒い動物って少ないんだろう?」「でもカラスは潔いほどの黒だなぁ」「夜行性の動物にとって、黒はこわい色ではないのかな?」そうして、素朴な疑問、モヤモヤは、自然界と人間界における、黒の捉え方へまで発展していくのです。
「Presence」Ⓒ丹羽優太
自然界と人間界における、黒の捉え方??
渡邊真人さんのWONDERを受け、『黒の研究所』では、日本絵画で「黒」と「動物」にまつわる作品を制作されている丹羽優太さんにも、お話をうかがってみました。
ー私が「黒い何か」を描くようになったのは、今から8年ほど前。大学時代に課題で生物を描くとき、京都の水族館で数十匹のオオサンショウウオを見たことがきっかけです。関東で生まれ、東京で育ったこともあり初めて見る生物だったのですが…大きさはもちろん、太古から存在していそうなフォルムは衝撃的なものでした。調べてみると、岡山県湯原には、通りがかった人や牛馬を飲み込む、10mを超える鯢(はんざき=オオサンショウウオのこと)が淵に住みつき、退治に成功した一家がたたられるようになった、という伝承がありました。この伝承は、現在もこの地域では夏になるとオオサンショウウオの神輿を担ぐなど、水害に対する警鐘とあわせて残っています。それ以来、幼少期から好きだったゴジラと同じく、目に見えない災厄や抵抗できないチカラを「黒くて大きい何か」に見立てるようになりました。
ヤマタノオロチ、イノシシ、キツネ、ネズミ、虎狼鯰(コロナマズ)…日本の文化や風習、伝承を生き物と重ねて描く丹羽さんの作品は、「日本人が黒をどう捉えてきたか」への想像をかき立てます。
ーオオサンショウウオと言いつつも本来はない赤い舌をつけていたり、「黒い何か」は、写実ではなくイメージで描くようにしています。江戸時代、本物を見た人はいないはずなのに、浮世絵などに描かれているゾウやトラには、ある意味でのリアリティがあると感じています。また、黒いからといって、悪いものとして描きたいわけでもありません。ナマズが地震に見立てられるようになったのは江戸時代の終わりに起きた安政江戸地震のときに出された瓦版だと言われていますが、被災直後に描かれたものにも拘らず、当時の鯰絵には、怖さだけじゃなく、ユーモアも感じさせる気品がある。災害や疫病がいいとか悪いではなく、いつやってくるかわからない、どうしようもない存在と、いかに共存していくかを表現しているように感じるのです。
最後に「動物にとって、黒とはどんな色だと思われますか?」と尋ねると、「黒い…んでしょうかね? 人であっても、見る人が違えば同じ黒ではないのではないか…とも思うので、動物であればなおさら…もしかしたら、鮮やかに見えているのかもしれないですよね? シマウマも自分たちの白黒模様、意外と気に入ってるんじゃないかな」というお答え。
ともすると、「なぜ?」と意味や正解を求めてしまいがちですが、好きなの? 嫌いなの? かっこいいの? かわいいの? 生物が黒から受ける印象だけで、想像を膨らませるのも、楽しいのではないでしょうか。
現在2年半ほど、京都の「東福寺 光明院」にて、住み込みで全32面の襖絵を制作しているという丹羽さん(2025年11月には一般公開予定)。黒い弁柄(ベンガラ)という顔料を膠(にかわ)で溶いて塗り、その上に貝殻を砕いた胡粉(ごふん)という白い絵具で模様を描き、さらに墨を載せることで表現される「黒くて大きい何か」は、圧倒的な存在感を持ちつつも、絵のなかに自然と馴染んでいます。
丹羽優太
日本絵画の文脈、技法材料を用いながら、人々には見えない厄災、抵抗できない力が常に黒い何かに見立てられてきた歴史に着目し作品制作を行う。2019年に京都芸術大学大学院ペインティング領域修了した後、北京へ留学。現在は東福寺塔頭光明院に住み込みで制作活動を行なっている。近年の主な展覧会にArt Collaboration Kyoto「Golden Fight of Gods 黄金衆神之闘」、「キメラ流行記」、MIDTOWN AWARD2021、「なまずのこうみょう」、やんばるアートフェスティバル 山原知新、アートアワード丸の内2019 などがある。
渡邊真人
「黒の研究所」研究所員
編集者。2002年より出版社に在籍し、雑誌編集のいろはを学ぶ。2009年より大型犬の専門誌『RETRIEVER』編集長に就任。以来、エリア誌、生活実用誌、旅行誌などさまざまな出版物に携わりながら、企業のオウンドメディアなど、コンテンツ開発を軸にしたブランドコミュニケーション事業も手がける。2021年より、株式会社EDITORSの代表取締役。万年筆のインクはブルーブラックを好む。
WONDERをもっと深める本
「仕掛絵本図鑑 動物の見ている世界」
「猫はとてもひどい近眼」「牛と馬は真正面がよく見えない」「ワシには遠くにいるウサギが人間よりもはっきりと、尿のあとまでも見える」「ヘビは動きを敏感に察知する目を持っている」など、動物や昆虫の目に世界がどう見えているのかを、ユニークなしかけで表現。さまざまな動物の目の部分をめくると、そこに見えている世界が広がる、驚きにあふれた仕掛絵本。親子で科学の面白さを、楽しみながら学ぶことができる。