
喪服が黒いのはなぜ?|中編
「そういえば、喪服ってどうして黒なんだろう」「喪服を選ぶとき、黒ければ黒いほど美しいと感じてしまう価値観はどこで生まれたんだろう」という今回の種人・村木小百合さんの体験から生まれたWONDERを受け、『黒の研究所』は「喪服と黒」をテーマに、100人に対してアンケートを実施。
喪服として身につける黒、普段着として身につける黒。黒はシーンによってさまざまな意味合いをもつが、現代に生きる私たちは、喪に服すという場面をどのように受け止め、どのような価値観で黒を身に纏っているのだろうか。
黒の濃淡による印象の違いや、そもそもの喪服所持率、そして「なぜ喪服は黒いのか?」という素朴ながら奥深い問いには多様な回答が集まり、黒と文化に対し、個人の価値観が交差する興味深い結果が得られた。ご自身の「当たり前」とも照らし合わせながら、皆さんの回答を楽しんでいただきたい。
Q1.現在、喪服を持っていますか?

現代において、そもそも喪服がどれほど浸透しているのかを量ってみるためのQ1。「持っている」または「欲しい」など、喪服を持つことを当たり前としていたり、前向きにとらえていたりする層が全体の98%を占めているのに対し、喪服を「今後も持つ予定はない」と決めている方が全体に対しわずか2%という結果に。コロナ禍によってフォーマルウェアの市場が減退し、家族葬などが増え、レンタルサービスなども普及しているなかで、それでも98%の方々が自分の喪服を持ちたいと考えているという事実は興味深い。
全体の8割を占める「自身で購入した」という方々の回答には、やはり喪に服す場面での礼儀や在り方を前提にしたさまざまな意思が見られ、喪服を持つことに対しての深みを得られた。
「自身で購入した」と答えた方へ。いつ、どのようなことを意識して購入しましたか?
■数年前、元同僚の通夜に参列するため、失礼のない装いでお見送りすることを意識して購入
■祖母が他界した際。社会人でもあったので、きちんとした喪服で出席しようという意識で購入
■父の葬儀に必要で専門学校3年生の頃購入。学生だったこともあり、親の意見を取り入れ吟味した
■黒の濃さと、飽きの来ないデザインを意識して購入
■美しく装うためにゆとりのあるサイズ、自身のキャラクターに合うものを意識して購入
Q2.現在、喪服以外のフォーマルウェアを持っていますか?
※フォーマルウェア:正装や礼服と呼ばれる 格式高い服装のこと 。結婚式や葬儀、入学・卒業式、パーティーなどで着用するのが一般的とされる
はい:63%
いいえ:37%
Q1で、現在喪服を持っている(自身で購入した or 誰かから譲り受けた)と答えた方の割合が88%だったのに対し、喪服以外のフォーマルウェアを持っている方の割合は63%。冠婚葬祭など、格式の高い場が多様化している現代において、フォーマルウェアを持っている方の割合が喪服を持っている方の割合より少ないというのは、少し意外な結果だと言えるのではないだろうか?
人生の節目、例えば結婚式などのセレモニーを挙げないという選択肢をとることも自由になってきている現代では、そもそもフォーマルな場に出ることが少なくなっている…ということも考えられるが、喪服を持つ理由の回答に見られたように「突然の知らせにはすぐ対応できるように」「TPOを守った装いで参列することが故人や遺族への礼儀」と、葬儀を特別なものとして考える方が多いというのは事実だろう。日本ならではの礼儀意識や、故人と誠実に向き合いたいという想いが表れた結果とも、考えられるのかもしれない。
Q3.喪服はどうして黒いのだと思いますか?

「悲しみ」「故人を偲ぶ」「慎む」「敬意」「無」など、今回のテーマとなる問いに対して共通する単語は多数見受けられる。しかし同じ単語を使っていても、それぞれの文章が含むニュアンスが異なっていたため、単語だけを抽出して回答を定量的にまとめることは難しかった。
一方で印象的だったのは「喪服はどうして黒いのか」という問いに対して、歴史上なぜ黒い喪服が定着していったのかという事実や知識をベースにした回答(ビジュアル左:22%)よりも、自分の感情をどう表現するか、故人や死にどう向き合うかといった、感情がベースとなる回答(ビジュアル右:78%)が大半を占めていたということだ。
そしてさらに直感的なイメージをベースとした回答を細分化していくと「自分に向けられた感情」と「故人や場に向けられた感情」に、回答が大きく二分される。
自分に向けられた感情
■心を落ち着かせ、平静でいられる色だから
■残念で悲しい気持ちと、礼を重んじ沈んだ心を映し出す色だから
■ほかのどんな感情も消してしまうような強い悲しみを表す色だから
故人や場に向けられた感情
■故人を偲ぶ姿勢を表す色だから
■故人を弔う場に着用していくものに、色はいらないと思うから
■遺影のまわりのたくさんの供花をみて、“人の一生で、最後のイベント”だと思った。私たちが黒い服を着るのは、その中心にいる故人を一番華やかにするため
言葉は似ているようでも、感情を向けたい先に違いがあり、それぞれの想いが「黒」を通じて葬儀というシーンに溶けこむ。ある種、喪服が「心持ちを表す静かなコミュニケーションツール」となっていることが、一つの面白さではないだろうか。
中には、個人の死生観につながるような回答も寄せられた。
■人の死は無に還るということだから。生前の真っ暗な胎内に還るイメージ
■死への畏れを表現する色として選ばれたから
■無となりて故人と一体になるために、余計な感情をもたらさない黒が選ばれている
「西洋文化の影響」や「誰かがつくったルール」といったような知識をもとにした回答に対して、自分の心をどう整え、場に向き合うかという感情的な回答が約4倍を占めた。この結果は、日本ならではのものなのだろうか? 喪服やフォーマルウエアを黒として認識している国は日本だけではない。機会があれば、違う文化を持つ別の国でも調査をしてみたい。
Q4.喪服として着るなら、どの黒を選びますか?
Q5.普段着として着るなら、どの黒を選びますか?

ビジュアル上部のa~fのグラデーションを提示し、それぞれ一つずつ色を選んでもらったQ4、Q5の問い。ビジュアルを見ていただくとわかるように、(a)最も深い黒を普段着として選ぶ方の割合はわずか13%に対し、喪服として選ぶ方の割合は75%にも及んでいる。やはり「深い黒が喪服にはふさわしい」という価値観が、私たちのなかに根付いているということなのだろうか。多くの方が深い黒を選んでいるのは、故人を偲ぶ場にふさわしい静けさと慎みを表現することを喪服に求めているのかもしれない。
Q4(喪服として)で選んだ色と理由
■(a)一番黒が深いから
■(b)美しい黒だと感じたから
■(c)aは一番黒く見えるが、やや光沢感を感じる。cが落ち着いて見えるから
■(d)買ったのはaに近いが、重すぎる印象だった。最後のお別れで悲しみに暮れすぎているのも、故人に悪い気がするから
■(f)墨黒のイメージがあるから
一方で、普段着となると(a)の最も深い黒を選んだのはわずか13%。全体を通して票は分散しているが、軽やかで抜け感のあるものを選ぶ方が比較的多く、「黒」といってもシーンや自分の在り方によって、求めるニュアンスの多様性が見てとれた。
Q5(普段着として)で選んだ色と理由
■(a)色褪せた黒に見えないから
■(b)強すぎない黒だから
■(c)ちょうどよく日常になじみそうな黒だから
■(d)自分の肌の色や、好きな色と合わせられそうだから
■(e)カジュアルで、軽さがあるから
■(f)黒過ぎない方がほかの色と合わせやすいから
ちなみに、WONDER第3回の後編で取材させていただいた名取和幸先生が所属する『日本色彩研究所』では、銀座の某地点で「黒い服の出現率」を定点観測するという調査を約70年間も行っている。調査が始まった1950年代では15%ほどだった出現率が、1980年代後半にはピークの30~35%にまでのぼり、2000年代になると25~30%をキープするという結果が出ており、黒は現代でもいつでも着られる定番色として定着しているそうだ。黒を普段のファッションとして楽しむ文化が定着したからこそ、豊富なバリエーションが生まれ、個人の嗜好も細分化が進んでいるということなのだろう。
Q6.あなたの身近にある「身につける黒」で、大切にしているものがあれば教えてください。
Q7.Q6でお答えいただいたものは、どのようなシーンで身につけていますか?
■ピアス/休日、私服で出歩くとき
■黒のカラコン/毎日
■本革のコート/少し寒くなったとき、普段着として
■夫にプレゼントしてもらった黒盤面の腕時計/運動するとき以外は常に身につけている
■学生時代に自分で縫ったヌートリアの毛皮のバック/バックを気に入ってくれた祖母にしばらく貸していて、祖母が亡くなってからは使っていない
最後に「身近な黒」についての問いを投げかけたところ、時計や革小物、アクセサリーなど、実にさまざまなアイテムが挙がり、多くの方は「日常で身に着けたい」という回答だった。喪服の黒は特別な場で悲しみや慎みを表現するものとして選ばれていたのに対し、日常の黒はもっと自由で、スタイルの表現や大切な記憶の象徴として、皆さんの身近にあることが伝わってくる。同じ黒でも「特別な黒」と「日常の黒」があり、あらためて黒という存在の多面性、懐の深さを感じさせられる結果となった。
また『黒の研究所』には、さまざまな領域で活躍するクリエイターが「黒の愛用品」を紹介していく連載コーナー『BATON』がある。各クリエイターの日々の暮らしや心の支えとなっているようなものから、特別なシーンに寄り添うものまで、「身につける黒」も多数紹介されている。身近な「黒」に宿るそれぞれの物語を、ぜひ覗いて、感じて、あなた自身の「黒」とも重ねてみていただきたい。
黒が映し出す感情、眼差し、そして価値観
種人・村木小百合さんのWONDERをきっかけに、
色彩、音、空間などに黒を纏わせ観る者の能動性を引き出す装置を生み出す五月女哲平さん、
そして喪に服すことと黒にまつわる質問に多くの方からさまざまな回答をもらったことで、
「黒を纏う」ということへの多様な視点が得られた。
前編から中編を通して見えてきたのは、
喪服の黒は私たちの内に流れる感情や意識、その場に向ける眼差しを
静かに映し出す存在であるということ。
後編では、いよいよ専門家のもとへ取材に赴き、「喪服=深い黒」の文化的背景に迫っていく。
「喪服はなぜ黒いのか」、深い黒は、一体どのようにして生まれるのか?
身近な疑問をきっかけに、未知なる黒の世界を、探求していきたい。

村木小百合
「黒の研究所」研究所員
SNS 担当。黒い物の写真を撮り、instagramに投稿することがライフワーク。子供のころから、洋服を作るのが好きで、専門学校卒業後、2004年にフォーマルウェアのリーディングカンパニーである株式会社東京ソワールにパタンナーとして入社。黒の色の違いを見分ける審美眼を養う。2児の母。趣味は旅行と、美術館巡り。