今回の種人は...
村木 小百合 研究員
ここは黒にまつわるWONDER(疑問)を探求する場。
第6回の中編となる今回は「喪服が黒いのはなぜ?」というテーマに対して、10~60代の100人にアンケートを実施。「現在、喪服を持っていますか?」「喪服は、どうして黒いのだと思いますか?」「喪服として着るなら、どの黒を選びますか?」「“身につける黒”で、大切にしているものは?」アンケートをきっかけに、人それぞれが抱く「喪に服す」ことへの姿勢や、故人と向き合う感情の在り方が明らかになっていく。

喪服が黒いのはなぜ?|中編

「そういえば、喪服ってどうして黒なんだろう」「喪服を選ぶとき、黒ければ黒いほど美しいと感じてしまう価値観はどこで生まれたんだろう」という今回の種人・村木小百合さんの体験から生まれたWONDERを受け、『黒の研究所』は「喪服と黒」をテーマに、100人に対してアンケートを実施。

喪服として身につける黒、普段着として身につける黒。黒はシーンによってさまざまな意味合いをもつが、現代に生きる私たちは、喪に服すという場面をどのように受け止め、どのような価値観で黒を身に纏っているのだろうか。

黒の濃淡による印象の違いや、そもそもの喪服所持率、そして「なぜ喪服は黒いのか?」という素朴ながら奥深い問いには多様な回答が集まり、黒と文化に対し、個人の価値観が交差する興味深い結果が得られた。ご自身の「当たり前」とも照らし合わせながら、皆さんの回答を楽しんでいただきたい。

Q1.現在、喪服を持っていますか?

現代において、そもそも喪服がどれほど浸透しているのかを量ってみるためのQ1。「持っている」または「欲しい」など、喪服を持つことを当たり前としていたり、前向きにとらえていたりする層が全体の98%を占めているのに対し、喪服を「今後も持つ予定はない」と決めている方が全体に対しわずか2%という結果に。コロナ禍によってフォーマルウェアの市場が減退し、家族葬などが増え、レンタルサービスなども普及しているなかで、それでも98%の方々が自分の喪服を持ちたいと考えているという事実は興味深い。

全体の8割を占める「自身で購入した」という方々の回答には、やはり喪に服す場面での礼儀や在り方を前提にしたさまざまな意思が見られ、喪服を持つことに対しての深みを得られた。

Q2.現在、喪服以外のフォーマルウェアを持っていますか?

※フォーマルウェア:正装や礼服と呼ばれる 格式高い服装のこと 。結婚式や葬儀、入学・卒業式、パーティーなどで着用するのが一般的とされる

Q1で、現在喪服を持っている(自身で購入した or 誰かから譲り受けた)と答えた方の割合が88%だったのに対し、喪服以外のフォーマルウェアを持っている方の割合は63%。冠婚葬祭など、格式の高い場が多様化している現代において、フォーマルウェアを持っている方の割合が喪服を持っている方の割合より少ないというのは、少し意外な結果だと言えるのではないだろうか?

人生の節目、例えば結婚式などのセレモニーを挙げないという選択肢をとることも自由になってきている現代では、そもそもフォーマルな場に出ることが少なくなっている…ということも考えられるが、喪服を持つ理由の回答に見られたように「突然の知らせにはすぐ対応できるように」「TPOを守った装いで参列することが故人や遺族への礼儀」と、葬儀を特別なものとして考える方が多いというのは事実だろう。日本ならではの礼儀意識や、故人と誠実に向き合いたいという想いが表れた結果とも、考えられるのかもしれない。

Q3.喪服はどうして黒いのだと思いますか?

「悲しみ」「故人を偲ぶ」「慎む」「敬意」「無」など、今回のテーマとなる問いに対して共通する単語は多数見受けられる。しかし同じ単語を使っていても、それぞれの文章が含むニュアンスが異なっていたため、単語だけを抽出して回答を定量的にまとめることは難しかった。

一方で印象的だったのは「喪服はどうして黒いのか」という問いに対して、歴史上なぜ黒い喪服が定着していったのかという事実や知識をベースにした回答(ビジュアル左:22%)よりも、自分の感情をどう表現するか、故人や死にどう向き合うかといった、感情がベースとなる回答(ビジュアル右:78%)が大半を占めていたということだ。
そしてさらに直感的なイメージをベースとした回答を細分化していくと「自分に向けられた感情」と「故人や場に向けられた感情」に、回答が大きく二分される。

言葉は似ているようでも、感情を向けたい先に違いがあり、それぞれの想いが「黒」を通じて葬儀というシーンに溶けこむ。ある種、喪服が「心持ちを表す静かなコミュニケーションツール」となっていることが、一つの面白さではないだろうか。

中には、個人の死生観につながるような回答も寄せられた。

「西洋文化の影響」や「誰かがつくったルール」といったような知識をもとにした回答に対して、自分の心をどう整え、場に向き合うかという感情的な回答が約4倍を占めた。この結果は、日本ならではのものなのだろうか? 喪服やフォーマルウエアを黒として認識している国は日本だけではない。機会があれば、違う文化を持つ別の国でも調査をしてみたい。

Q4.喪服として着るなら、どの黒を選びますか?
Q5.普段着として着るなら、どの黒を選びますか?

ビジュアル上部のa~fのグラデーションを提示し、それぞれ一つずつ色を選んでもらったQ4、Q5の問い。ビジュアルを見ていただくとわかるように、(a)最も深い黒を普段着として選ぶ方の割合はわずか13%に対し、喪服として選ぶ方の割合は75%にも及んでいる。やはり「深い黒が喪服にはふさわしい」という価値観が、私たちのなかに根付いているということなのだろうか。多くの方が深い黒を選んでいるのは、故人を偲ぶ場にふさわしい静けさと慎みを表現することを喪服に求めているのかもしれない。

一方で、普段着となると(a)の最も深い黒を選んだのはわずか13%。全体を通して票は分散しているが、軽やかで抜け感のあるものを選ぶ方が比較的多く、「黒」といってもシーンや自分の在り方によって、求めるニュアンスの多様性が見てとれた。

ちなみに、WONDER第3回の後編で取材させていただいた名取和幸先生が所属する『日本色彩研究所』では、銀座の某地点で「黒い服の出現率」を定点観測するという調査を約70年間も行っている。調査が始まった1950年代では15%ほどだった出現率が、1980年代後半にはピークの30~35%にまでのぼり、2000年代になると25~30%をキープするという結果が出ており、黒は現代でもいつでも着られる定番色として定着しているそうだ。黒を普段のファッションとして楽しむ文化が定着したからこそ、豊富なバリエーションが生まれ、個人の嗜好も細分化が進んでいるということなのだろう。

Q6.あなたの身近にある「身につける黒」で、大切にしているものがあれば教えてください。
Q7.Q6でお答えいただいたものは、どのようなシーンで身につけていますか?

最後に「身近な黒」についての問いを投げかけたところ、時計や革小物、アクセサリーなど、実にさまざまなアイテムが挙がり、多くの方は「日常で身に着けたい」という回答だった。喪服の黒は特別な場で悲しみや慎みを表現するものとして選ばれていたのに対し、日常の黒はもっと自由で、スタイルの表現や大切な記憶の象徴として、皆さんの身近にあることが伝わってくる。同じ黒でも「特別な黒」と「日常の黒」があり、あらためて黒という存在の多面性、懐の深さを感じさせられる結果となった。

また『黒の研究所』には、さまざまな領域で活躍するクリエイターが「黒の愛用品」を紹介していく連載コーナー『BATON』がある。各クリエイターの日々の暮らしや心の支えとなっているようなものから、特別なシーンに寄り添うものまで、「身につける黒」も多数紹介されている。身近な「黒」に宿るそれぞれの物語を、ぜひ覗いて、感じて、あなた自身の「黒」とも重ねてみていただきたい。

黒が映し出す感情、眼差し、そして価値観

種人・村木小百合さんのWONDERをきっかけに、
色彩、音、空間などに黒を纏わせ観る者の能動性を引き出す装置を生み出す五月女哲平さん、
そして喪に服すことと黒にまつわる質問に多くの方からさまざまな回答をもらったことで、
「黒を纏う」ということへの多様な視点が得られた。

前編から中編を通して見えてきたのは、
喪服の黒は私たちの内に流れる感情や意識、その場に向ける眼差しを
静かに映し出す存在であるということ。

後編では、いよいよ専門家のもとへ取材に赴き、「喪服=深い黒」の文化的背景に迫っていく。
「喪服はなぜ黒いのか」、深い黒は、一体どのようにして生まれるのか?
身近な疑問をきっかけに、未知なる黒の世界を、探求していきたい。

___後編へ続く

WONDERの種人

村木小百合

「黒の研究所」研究所員

SNS 担当。黒い物の写真を撮り、instagramに投稿することがライフワーク。子供のころから、洋服を作るのが好きで、専門学校卒業後、2004年にフォーマルウェアのリーディングカンパニーである株式会社東京ソワールにパタンナーとして入社。黒の色の違いを見分ける審美眼を養う。2児の母。趣味は旅行と、美術館巡り。