ものが焦げると黒くなるのはなぜ?|後編
前編では、「なぜ焦げたものは黒く見えるのか?」という素朴な疑問を出発点に、焦げ=炭化という現象や、炭素の性質にフォーカスしてきた。そして、焦げの正体である炭素は生命の循環にも関わる特別な元素であり、焦げとは、地球規模の大きな生命循環の一端を、私たちが目にすることのできる面白い現象でもあるのかもしれないという新しい視点を得た。
しかし物質が燃える過程での姿の変化や、残ったものに現れる黒は、素材によってさまざま。紙、木材、パン、プラスチック、金属、ガラス、さらにはダイヤモンド……それぞれの焦げ方や、そもそも焦げるかどうかすら、物質を構成する成分、そして熱との関わり方によって大きく異なるという。
後編では「焦げる」という現象をもう一歩掘り下げ、素材ごとに異なる燃焼の行方や、焦げの過程にある「美味しさ」を生み出す化学反応、そして黒を視認させる原理の多様性について見ていきたい。少し視点を変えて焦げを知ることで、ひとつの化学現象から、いくつもの想像の種を見つけることができるかもしれない。
「焦げ」って楽しい!?
「焦げる」というと、つい「失敗」や「焼きすぎた」と思いがちかもしれない。しかし川村先生は「むしろ、焦げるまでの過程では、変化の瞬間を観察する面白さを発見することもできます」と話す。
たとえばパンを焼いているとき。焼き始めは白っぽかったパンが、だんだんとキツネ色に色づき、こげ茶、そして真っ黒になっていく。この色の移り変わりを観察するだけでも、十分に科学の目が養われます。香ばしい香りが立ちのぼってきたり、表面の質感が変わったり、味わいにも深みが出てくる。まさに、五感を通して「現象そのもの」を楽しめるわけです。
もし私が子どもたちに面白さを伝えるとしたら、一緒にパンを焼きながら「いま、何が起きているのかな?」と問いかけてみたいと思います。そうした何気ない観察の積み重ねが、探究心を育ててくれると信じています。
ちなみに、パンに美味しそうなキツネ色の焦げ目がつくことがありますよね。あれは「メイラード反応」と呼ばれる現象で、焦げる一歩手前の化学反応です。メイラード反応については、のちほど少し詳しくご紹介しましょう。
私ももちろん「焦げたら食べにくいな」とは思いますよ(笑)。一方で、目に見える変化の背後で、目に見えない何かが動いているのかもしれない、そのように想像をしてみることも、科学の目を育む第一歩だと思っています。(川村)
素材によって、焦げ方はさまざま
「焦げ=炭化」が起きるかどうかは、素材の性質によって大きく異なる。そもそも炭化とは、有機物が熱を受けることで、水素や酸素などの元素を放出し、炭素のみが残っていく反応のこと。つまり「素材に炭素(C)が含まれているかどうか」が、焦げるかどうかの分かれ道になる。では実際に、素材ごとに、そもそも焦げるのかどうか、どのような現象を経て見た目が変化していくのか、下の図から違いを見比べてみてほしい。
【素材による燃焼プロセスの違い】
| 素材 | 主成分 | 焦げる? | 見た目の変化 | 現象のプロセス |
| 紙・木材 | セルロース(C・H・O) | 焦げる(=炭化する) | 茶色→黒→消失 | 100℃前後で水分(H2O)が蒸発し、200〜400℃で熱分解。揮発性ガス(CO、CO2…)が放出され「炭化」が起こる。400℃超では残った炭素(C)がO2と結びつきCO2となって空気中へ逃げ、最終的に消失する。 |
| 食品※パンなど | デンプン・タンパク質(C・H・O) | 焦げる(=炭化する) | 茶色→黒→消失 | 100℃前後で水分(H2O)が蒸発し、約140〜180℃でメイラード反応。200〜400℃で熱分解を起こし「炭化」が起こる。400℃超では残った炭素(C)がO2と結びつきCO2となって空気中へ逃げ、最終的に消失する。 |
| プラスチック | 高分子化合物(C・H) | 焦げる(=炭化する) | (〜数百℃)溶けながら黒化 →(高温)消失 | 140°C超で軟化しはじめるものもある。200〜400°Cで熱分解。CO、CO2、炭化水素類(CH4,C2H4…)が放出され「炭化」が起こる。さらに高温では分解が進み、最終的にはガス化して消失する。 |
| 金属※金、銀、鉄、銅など | 金属元素(Fe, Alなど) | 焦げない(=炭化しない) | (〜数百℃)黒っぽい酸化膜や有色の酸化膜 →(超高温)溶解→消失 | 100℃前後では水分が蒸発する程度で炭化はしない。高温では酸素と反応して酸化膜が形成され黒ずむ。さらに極めて高温(融点以上)では溶融、蒸発して最終的に消失する。 |
| ガラス | SiO2 | 焦げない(=炭化しない) | (〜数百℃)軟化・変形 →(超高温)消失 | 100℃前後で水分(H2O)や微細な不純物が蒸発する程度で「炭化」はしない。さらに高温で溶融し、表面の不純物が変化して変色する場合がある。さらに極めて高温では揮発し、最終的に消失する。 |
| ダイヤモンド | 炭素(C) | 焦げない(=炭化しない) | (有酸素)燃焼消失(無酸素)昇華消失 | 700〜900℃(酸素あり)で燃焼しCO2となって消失。2000℃以上(無酸素)では固体から気体へ昇華し消失。炭化はしない。 |
焦げるかどうかは、その素材のなかに炭素(C)が含まれているかどうかで決まるんです。木も紙も、食べ物も、プラスチックも、私たち人間も、成分をたどれば基本的には炭素(C)・水素(H)・酸素(O)。物質によっては硫黄(S)やリン(P)が少し加わる場合もありますが、基本は同じなんです。だから、これらはすべて炭化します。(川村)

一方で、金属やガラスのように炭素を含まないものは、炭化しません。たとえば金属は酸化して黒っぽく見えることはあっても、それは「焦げ」ではなく「酸化膜」です。さらに温度を上げていくと、金属は溶け、最終的には蒸発する。目の前にあった鉄の塊が最終的には失くなってしまうんです。ガラスも同じで、炭化はしないけれど、熱で柔らかくなり、ぐにゃりと変形していく。さらに高温の熱を加えていくと、最後は気化して失くなってしまいます。
ダイヤモンドは例外的な存在ですね。ほぼ炭素だけでできていますが、結晶構造が非常に強固で、通常の火では燃えません。ただし、酸素がある高温環境に置くと、燃えて二酸化炭素(CO2)となり、消失します。
さらに言うと、ダイヤモンドは最初からすべて透明というわけでもないんです。外側にまだダイヤモンドになりきれていない、言ってしまえばいい加減な結合状態の(=正四面体構造になりきっていない)の炭素が残っている原石は、黒いんです。掘り起こしたときにはたいていが黒く、磨いて取り除くと、透明な姿が現れます。炭素が黒くもなり、透明にもなるというのは、まさに自然の不思議ですよね。(川村)
「焦げ」の過程にある、美味しさとは?
さきほどの【素材による燃焼プロセスの違い】の図に挙がった素材のなかでも、特に私たちにとって身近な物質のひとつが「食品」だろう。パンやお肉を焼いたときに立ちのぼる香ばしい香りや、絶妙な焼き色は、焦げる直前に生じる「美味しさのピーク」とも言われている。そうしたちょうどいい焼き色の指標として知られるのが「メイラード反応」と呼ばれる現象。「メイラード反応」は「焦げ」とどのような関係にあるのだろうか? 川村先生の解説とともに、詳しく見ていこう。
料理の作り方を伝えるとき「キツネ色に焼けたらOK」なんて言いますよね。あの色がつくのが、まさにメイラード反応なんです。メイラード反応の名前は、この現象を最初に報告したフランスの化学者、ルイ・カミーユ・マイヤール(Louis Camille Maillard)博士にちなんで名づけられました。
メイラード反応は、糖とアミノ酸が熱によって反応し、水(H2O)が抜けていく段階で起こる現象です。炭化に至る前に起こる「途中の現象」なので、物質内に、まだ炭素を含む有機成分や揮発性成分などが溶け合って残っている状態で、起こっています。だから、メイラード反応そのものは「焦げ(炭化)」ではなく「焦げ(炭化)に至るまでのひとつの過程」ということですね。
そして、メイラード反応が起こっている状態からさらに熱を加え続けると、糖とアミノ酸の構造が壊れ、水素や酸素が抜けて炭素ばかりが残り、真っ黒に炭化して苦味が強くなる。つまり「美味しい焦げ」には、ちょうどいい炭素含有量のバランスがあるんです。ちなみに炭素自体に香りがあるわけではなく、あの香ばしさは、加熱で糖とアミノ酸が結びつくときにさまざまな香気成分が生成されることが要因としてあるようです。
あとは、たとえばプラスチックやゴムなども、焦げると同時に溶けていくような独特の反応を示しますよね。あれらも広い意味で見れば「メイラード反応」。もちろん「メイラード反応」とは通常、料理の世界で使われる言葉ですが、私のように、物質そのものを科学的に観察する立場からすると、炭化までのプロセスにあるという点では、同じようなことなんです。だから、美味しそうな焼き色も、プラスチックが溶けていく様子も、広い意味では「変化の一瞬」として、連続する現象のうちのひとつなんですね。(川村)
さらに川村先生は、特に食品の場合、素材によって実に多様な変化が見られると語る。たとえばパンや肉、野菜といった身近な食材でも、含まれる糖分やアミノ酸、水分、油分の違いによって、焦げ方や香り、色づき方に大きな差が出てくる。食パンひとつとっても、成分や加熱器具によって食感や香ばしさも異なるように、環境によって変化はさらに複雑になる。焦げまでのプロセスには、私たちが求める「美味しさ」と深く結びつく味や香りをつくりだす、繊細な一場面が潜んでいるのだ。

黒いものが黒く見える理由にも、さまざまな理由がある
素材や環境によって焦げ方にも多様な変化が見られるように「黒く見える」という現象にも、いくつもの異なるメカニズムが存在する。前編では「炭化」という現象に注目し、炭素には可視光の広い範囲を吸収する性質があることから、炭素を主成分とする物質が黒く見えるという解説をした。しかし実は、炭化した物質が黒く見えるのはそれだけが理由ではなく、複数の物理的・構造的要因が複合的に作用しているのである。
複数の「物質が黒く見える原理」は、焦げた物だけでなく、世の中に存在するさまざまな「黒い物質」についても同様。インク、黒い羽根、昆虫の体など、私たちの身のまわりには黒く見えるものが無数にあるが、それらすべてが同じ仕組みで黒く見えているわけではない。「黒い物質」がなぜ黒く見えるのか、「光を吸収する」だけでは語れない黒の多様な成り立ちを、炭化を含めた具体例とともに、4つの原理から整理してみたい。
[黒い物質が黒く見える4つの原理]
①光を吸収しやすい炭素の性質による「黒」:光が当たると「炭素」によって構成される物質中に含まれる電子が光を吸収する。可視光のほぼ全域(赤〜紫)を吸収するため、このような物体に光があたると、物体の外に出てくる光が少なくなり、私たちの目には「黒」として見える。最も基本的な黒の原因
②光を閉じ込める構造による「黒」:小さな穴や細い隙間がたくさんある(多孔質構造)ため、光を内部で何度も反射させ、外に戻さないことでほとんどの光が吸収または内部で消失する
③表面の粗さと散乱による「黒」:化学的に光の吸収力がそれほど強くなくても、表面が粗く複雑だと、光が一方向に反射せず多方向に散乱し、目に戻る光が少なくなることで黒く見える
④色素が光を吸い取ることによる「黒」:動植物がもつ「メラニン(melanin)」という生体色素は、非常に広い範囲の光を吸収する。そのエネルギーを電子の動きによって熱に変え、放出する
たとえば、カラスの羽や黒い昆虫の身体には、メラニン色素による光の吸収(原理④)に加えて、羽の表面に存在する微細な構造が光を内部に閉じ込める(原理②)といった仕組みが働いている。また、木炭や焼け焦げたパン、炭化した紙などの例に見られるように、炭素自体が可視光を広く吸収する性質(原理①)を持ち、さらに燃焼過程で水分や揮発成分が抜けることで細かい穴や凹凸が生じ、光を閉じ込める構造(原理②)や散乱を引き起こす表面(原理③)となって、より黒く見えているものもある。
私たちの身のまわりにある「黒」は、単一の原理ではなく、複数の物理・科学的現象が同時に作用することで生まれている。それぞれに、それぞれの「黒く見える原理」があるのだ。

焦げという身近な現象を入り口に探究を進めるなかで印象的だったのは、目には見えない物質の変化を想像する視点が得られたことだった。元素や分子といったミクロな存在が、どのように熱に反応し、姿を変えていくのか。そうしたプロセスを頭のなかで描けるようになることは、今回の「焦げ=炭化」に限らず、日常のなかで当たり前の出来事として見過ごしてきたさまざまな「変化」に対し、見えない世界の動きを感じようとする、新たな目が得られたということでもあるのではないだろうか。
そして「なぜ黒くなるのか?」という問いをたどるなかで見えてきたのは、人間の目に「黒」として映る仕組みが、物質の成分だけでなく、表面構造や色素の性質などの複合的な関わりによっても左右されるということ。しかし、炭化した物質を黒だと認識させる鍵となる「炭素」は、結びつき方によって無色透明なダイヤモンドにも真っ黒な黒鉛にもなり得る、原理を知ったうえでもなお不思議を感じさせる存在だ。その多面的な性質は、現象でもあり、概念でもある「黒」のとらえがたさにも、どこか通ずるものがある。
焦げから始まった探求は、やがて炭素という元素の多面性に触れ、再び「黒」の不思議へと還ってくる。黒から生まれるWONDERの先には、果てのない、私たちがまだ見ぬ探究の可能性が広がっている。

川村康文
1959年京都生まれ。
京都教育大学附属高等学校で約20年にわたり物理教師を務めた後、信州大学助教授、東京理科大学助教授・准教授を経て、現在は環太平洋大学次世代教育学部教授。国際科学・教育研究所 所長、北九州市科学館スペースLABO 館長、STEAM教育メソッド研究所 所長を兼任。専門は物理学、エネルギー科学、科学教育、サイエンス・コミュニケーション。主な活動面では「みんなが明るく楽しくなる」プチ発明を基礎にした「かわむらメソッド」を提唱。科学技術振興機構(JST)のサイエンス・レンジャーとしても活動し、環境問題をテーマにした公演「温暖化星人から地球をまもる宇宙船にっぽん号のたたかい」は200回を超える。慣性力実験器Ⅱで平成11年度全日本教職員発明展 内閣総理大臣賞を受賞し、平成20年度には文部科学大臣表彰 科学技術賞(理解増進部門)を受賞。著書に『世界一わかりやすい物理学入門』『世界一わかりやすい物理数学入門』『理科教育法』(講談社)などがあり、『名探偵コナン 実験・観察ファイル サイエンスコナン』シリーズ(小学館)の監修も手がける。メディア出演は「世界一受けたい授業」(日本テレビ)、「チコちゃんに叱られる」(NHK)、「所JAPAN」(フジテレビ)など。