黒い宝石って、あるの?|前編
こどものころ、ショーウィンドウや画面越しに見る「宝石」に、いつかは身につけてみたいという憧れを抱いていた。記憶を辿って浮かんでくるのは、煌びやかで、澄んだ色をもつ宝石たちだ。一方で黒を好むようになった私は、いま宝石を選ぶ機会があるとしたら、迷わず黒を選ぶだろう。黒には奥行きの知れない深さがあり、強さがある。身につけることで、周囲の色に染まらない芯のようなものをもたらしてくれそうだとも感じる。
しかし、あらためて考えてみると「黒い宝石」というものに、これまでほとんど出会ってこなかったことに気付かされる。石ころや岩であれば黒いものが多く思い浮かぶが、宝石となると話は別だ。そもそも、黒い宝石とは存在するのだろうか。もし存在するのだとしたら、黒い石はどのような基準で「宝石」と呼ばれるようになるのだろうか。
そんな素朴な疑問を出発点に、今回は一般社団法人 地球科学社会教育機構 理事長・石橋隆さんに、黒い宝石について知るべく、話をうかがっていく。
「黒い宝石」は存在するの?
結論から言ってしまうと、黒い宝石は存在する。
そう答えてくれたのは『一般社団法人 地球科学社会教育機構』で理事長を務める石橋隆さんだ。
黒の研究所:
黒い宝石って、あるんですか?
石橋さん:
黒い宝石はありますよ。たとえば比較的名前が知られていそうなものだと、黒曜石や、ジェットなどが挙げられます。
黒の研究所:
黒曜石は割と耳馴染みがありますが、宝石なんですか?昔は割ったり削ったりしてナイフなどの道具としても使われていた石ですよね。
石橋さん:
黒曜石は、宝石としてはどちらかというとマイナーな存在なんですが、古くから人類が利用してきた馴染みのある石なんですよね。だからこそ「宝石とは何か」を考える入り口としては、わかりやすい存在だと思います。黒曜石は、でき方でいえば火山活動によって生まれた“天然のガラス”です。“鉱物”という立ち位置とも違いますし、用途も時代によって変わってきました。
黒の研究所:
えっ、黒曜石って“ガラス”なんですね…名称にも“石”が入っているのに。しかも、成り立ちも使われ方も、一般的にイメージする宝石とはだいぶ違う気がします。
石橋さん:
そうなんです。宝石というと、鉱物を磨いたものというイメージをもっている方も多いのではと思いますが、鉱物以外にも宝石として扱われる素材はいろいろあります。とはいえ、理屈ばかりでも想像しにくいですよね。ここからは、具体的に「黒い宝石」として扱われてきたものをいくつか挙げて、それぞれの特徴を見ていきましょう。
黒い宝石には、どんなものがある?
◼︎オニキス(黒メノウ)

ブラジル産

ブラジル産 ルースの長径約2cm
石橋さん:メノウ、英語ではアゲートと呼ばれる鉱物の一種です。縞模様が現れるものや、割ると内部に空洞があり、そこに小さな水晶が育っているタイプも見られます。硬度が高く、古代から護符や装身具として加工されてきました。「メノウ(瑪瑙)」という名前は、原石に見られるシワ模様が“馬の脳に似ている”という見立てから、中国で名づけられたものです。
◼︎黒曜石(オブシディアン)

長野和田峠近隣観音沢産 左右約4cm

北海道河東郡上士幌町、十勝三俣カルデラ産 左右約6cm
(中央)オブシディアン(黒曜石)/花十勝
北海道白滝産 標本左右約8cm
(右上)オブシディアン(黒曜石)/ビーズ 珠状研磨加工品/火山ガラスの中に、白色の斑点が見られる。斑点の正体はクリストバライト(クリストバル石)という鉱物
メキシコ産 珠の径8mm
石橋さん:火山活動によって生まれた天然のガラスで、鉱物というより岩石に分類されます。割ると貝殻状の断面が現れ、鋭いエッジができるため、刃物に適しています。道具として世界各地で利用され、日本でもいくつかの大きな産地から各地へ流通していたことが知られています。黒一色に見えるものから、赤褐色の流動模様が走るもの(花十勝)、白い斑点のあるもの(スノーフレーク)、虹色が浮かぶもの(レインボーオブシディアン)など、多様な表情をもちます。こうした模様や彩光をもつものは、アクセサリーとして多く扱われています。
◼︎黒蝶真珠

黒蝶真珠:沖縄県石垣市の石垣島川平湾で養殖された真球真珠(ペンダントトップ)
黒蝶貝:天然のもので、石垣市石垣島山原産

沖縄県石垣島川平湾で養殖 直径8mm
石橋さん:黒蝶貝が生み出す“生物由来”の有機質宝石材。磨いて作られる光沢というより、成長の過程で生まれた光沢をもっていて、人工的に再現するのは難しい質感です。日本の石垣島で養殖法が確立され、現在ではタヒチ産のものが世界的に知られています。ひとつとして同じ色合いのものが存在しない点も魅力のひとつです。
◼︎ジェット(黒玉)

ウクライナ産 左右約2cm

中国新疆産 珠の径約12mm
石橋さん:樹木が水中に埋没し、その上に堆積物が重なって圧縮され、長い時間をかけて化石化したものです。鉱物ではなく、生物起源の有機物が変質した素材で、艶を抑えた深い黒から、磨くことで漆のような光沢をもつものまで、表情には幅があります。イギリスでは、特に19世紀のヴィクトリア朝期に、喪の装飾品として広く身につけられました。現在でも、日本の皇族が弔事の場で使用する例があります。
◼︎スモーキークォーツ(煙水晶)

岐阜県中津川市苗木高峰湖産 長さ約4cm

岐阜県中津川市蛭川田原産 径約8mm
石橋さん:石英(水晶)という鉱物の一種です。地下深くでマグマが固まって岩石ができる過程で、岩石中にできた空洞で結晶がゆっくり成長します。透明感がありながら、煙が閉じ込められたような奥行きのある色合いが特徴です。古代ケルトでは、悪夢や影を吸い込む石として護符に用いられていたといわれています。
◼︎ブラックダイヤモンド

ブラジル、ミナスジェライス州産 標本長径約1.2cm

ジンバブエ、マランジェ産 長径約6.5mm
黒色の炭素を多く含む単結晶からカットされたダイヤモンド。黒色の成因はボルツやカーボナートと同様だが、単結晶のものは「ボルツ」とは呼ばず、一般的にブラックダイヤモンドと表記される
石橋さん:炭素のみで構成されるダイヤモンドの一宝石種です。ダイヤモンドは、地球上で最も硬い鉱物ですね。光を通さないため、反射光が点のように現れます。研磨面に現れる光は鋭く、全体として重厚で強い印象を与えます。
◼︎ブラックトルマリン(鉄電気石)

福島県石川郡石川町塩ノ平産 標本長約3cm

ブラジル産 標本左右約3cm
石橋さん:トルマリン(電気石)という化学組成が複雑な鉱物の一種です。不透明で、柱状の結晶をつくり、大きなものでは1mを超えることもあります。黒いものはトルマリンという種のなかでも最も一般的で、自然界に存在するトルマリンの大半を占めるとされています。
◼︎ヘマタイト(赤鉄鉱)

モロッコ、スース=マサ=ドラア地方、ワルザザート産 直径約4cm

モロッコ、タウー産 直径約1cm
石橋さん:鉱物表面は金属的な光沢を帯び、黒っぽく見えますが、意外なことに、粉末にすると赤褐色になるんです。写真は、丸みを帯びた結晶集合体が腎臓のようになったモロッコ産の標本で、「腎臓状赤鉄鉱」と呼ばれるタイプです。英名の“Hematite”(ヘマタイト)は、ギリシャ語で血を意味する “haima”(ハイマ)に由来する“haimatites”(血のような石)が語源です。古代には、この赤い粉末が顔料として使われていました。
黒の研究所:
原石のかたちも黒の表情もさまざまで本当に引き込まれます。墨のように深く沈むもの、鮮烈な赤が縦横無尽に駆け巡る闇のような広がりを感じさせるもの、角度によって深い緑や紫が柔らかく見え隠れするもの……「黒い」という言葉だけでは言い尽くせない美しさがありますね。
石橋さん:
そうですね。ちなみにここで紹介しているもののなかだと、ブラックダイヤモンドを除く7種は日本でも産出されているんです。
黒の研究所:
日本でもそんなに多くの黒い宝石が?
石橋さん:
はい。黒曜石やヘマタイト、スモーキークォーツなど多種の石が生成されることは、日本列島における地質の多様性や、火山活動をはじめとしたさまざまな地質現象が起こることと深く結びついていますし、真珠やジェットのように生物の営みから生まれるものもあります。ここで気づいてほしいのは「黒い宝石」と一括りにしても、実は素材の成り立ちはさまざまだという点なんです。
黒の研究所:
たしかに……。鉱物もあれば、天然のガラスもあり、生物由来のものまで。
石橋さん:
そうなんです。そうすると「そもそも宝石って何?」というところに行き着きませんか? 宝石は自然にできた固体のなかから選ばれているわけですが、宝石の周辺にある「岩石」や「鉱物」といったカテゴリーの定義を知ることで、「宝石」という概念の解像度がグッとあがります。
「宝石」ってなに?
初めに黒曜石やジェットと聞いて「それって宝石なの?」と感じた人もいるかもしれない。黒い宝石には、素材も成り立ちも実にさまざまなものが含まれている。見た目は確かに美しいけれど、同じように「宝石」として扱われるのはなぜなのだろうか。それを解くためには「宝石」というものが、自然界のどこから、どんな基準で切り取られた概念なのかを知る必要がある。
石橋さん:
「宝石」という存在について考えるとき最初に整理しておきたいのは、宝石を含むカテゴリーの呼び名や定義です。まず、いちばん広い概念は「石」。石という言葉を、ここでは“広義”で扱いたいと思います。学術的に厳密な定義があるというより、自然物からときには人工物まで、さまざまなものを指すことのできる言葉です。
その「石」のなかで、“地質現象によって自然に生成された固体”を「鉱物」と呼びます。鉱物の多くは原子が規則正しく配列した“結晶構造”をもっていて、一定の化学組成で表すことができるものであれば、ひとつの鉱物種として成立します。さらに、一種類以上の鉱物が集まったものを「岩石」と呼びます。道端に転がる石ころも、山の上にそびえる巨大な岩も、鉱物の集合体であれば「岩石」です。
では、これらのなかで、どんなものが宝石と呼ばれるのか。宝石には大きく3つの条件があります。「美しい色や輝きがあること」「風化や変質に強く硬度が高いこと」「産出量が少なく希少であること」。
また、宝石だからといって、すべてが鉱物というわけではありません。真珠やべっ甲、琥珀、ジェットなど、生物由来で有機質の素材は鉱物には含まれませんが、古くから装飾品として扱われてきました。こういった素材は必ずしも地質現象によって生まれた石ではありませんが「有機質宝石」と呼ばれることがあります。これは、無機質のものが大半である鉱物由来の宝石との線引きに使われる呼び方です。
つまり、宝石は石のなかでも限られた存在。広義の、大きな枠組みとしての「石」があり、そのなかに「鉱物」があり、さらに鉱物のなかで、美しさと耐久性、そして希少性を備えたもの(+一部生物由来の素材)だけが「宝石」と扱われているのです。

石橋さんの説明を聞いてまず意外だったのは「宝石」という言葉だけが、その他の分類とは少し違ったルールで成り立っているという点だった。
鉱物や岩石は、どのように生まれ、どんな構造をもつかという“自然のルール”によって整理されているけれど、宝石はそうした成り立ちだけでは決まらない。美しいと感じられるか、身につける文化があるか、価値を見出す人がいるか……科学的な基準よりも、人間の感覚や判断が強く入り込んでいる。
美しさ、硬度、希少性といった基準はあくまでも近代の価値観に基づいたものであり、たとえば現代では宝石として扱われるような石でも、旧石器時代や新石器時代にとって重要だったのは、煌めきよりも、割りやすさや加工のしやすさだったはずだ。宝石の定義は、想像以上に私たち人間寄りで、時代や文化とともに揺れている。

〈 石橋先生の豆知識 〉
石橋さんによると、2026年現在確認されている鉱物種はおよそ6200種。分析技術の発達によって、毎年100種前後の新しい鉱物が報告されているという。新種として正式に認められるには『国際鉱物学連合(IMA)』という国際組織にデータを添えて提出し、承認を受ける必要がある。種の境界が曖昧なままでは分類や命名が成立しないため「どこに線を引くか」が、鉱物学の世界では重要となる。そして、数ある鉱物のなかで、ごく一部の種だけが「宝石」として扱われる。同じ鉱物であっても、傷が多かったり割れやすかったりすると宝飾品(宝石)には向かない。
鉱物という言葉の境界が揺れるところ
「黒い宝石は存在するのか」という素朴な疑問を追い、ひとつの答えにたどりついたと思えば、また新たなWONDERの扉が開かれる。取材を進めるなかで次第に気になりはじめたのは、宝石をとりまく自然物を分類する定義、すなわち“言葉”だった。
黒い宝石という入口から話を聞いていたはずなのに、気付けば「何を宝石と呼ぶのか」「どこからが鉱物なのか」という線引きの話に引き込まれていた。黒い宝石の顔ぶれには、鉱物だけでなく、天然ガラスや生物由来の素材まで混ざっていて、見た目は黒でも成り立ちは違う。
出どころの違うものが同じ分類として束ねられるとき、そこには言葉によってつくられた理由がある。本題から少し寄り道になるが「鉱物」という語にも、学問の分野によって異なる意味が与えられているという話を石橋さんが教えてくれた。
石橋さん:
宝石の話から派生して「ミネラル」という言葉についてお話したいと思います。鉱物学の世界では「鉱物」を英語で “mineral” と呼びます。これは、地質現象によって天然で生成された固体という定義。ですが「ミネラル」という言葉は、鉱物学だけで使われているわけではないんです。
黒の研究所:
なるほど。普段何気なく使っている「ミネラル」って、そもそもは鉱物を表す言葉なんですね。ミネラルウォーターやサプリメントなど、日常でもよく目にしますが……。
石橋さん:
たとえば医学では、歯や骨、真珠(※)など“生き物の体内で”生成される固体を「バイオミネラル」と呼び、日本の栄養学分野では、体内で合成できないため食物から摂取する必要がある栄養素となる元素(カルシウムや鉄、カリウム、マグネシウム、ナトリウムなど)のことを「ミネラル」と呼びます。ですから、食品パッケージに「ミネラル豊富」という表現があっても、それは“鉱物が含まれている”という意味ではないんですね。
黒の研究所:
同じ「ミネラル」でも、できる場所が全く違うんですね。地球の中、身体の中、食物の中。
石橋さん:
そうですね。世界的には、一般英語で「mineral」といえば鉱物という意味合いが強いですが、現代では分野によって意味が枝分かれしています。言葉がそのまま移動するのではなく、領域ごとの背景や用途に応じて定義や意味が変化しているんです。
黒の研究所:
指しているものは全然違うのに、同じ言葉で括られている。言葉はときに複雑な世界を単純化してしまう、ある意味で便利でもあり、奇妙な存在なのだなと感じます。
※骨や歯はアパタイト(燐灰石)という鉱物種と同じもの、真珠はアラゴナイト(霰石)と同じものだが、生体の中にある状態では、狭義の「鉱物」として扱われない場合が多い
黒の研究所:
ここまで具体的に見てくると、いろいろと想像が広がりますね。ひと言の「黒」では言い表せない表情の豊かさもそうですし、黒い宝石の美しさには、ダイヤモンドのような透明度や輝きで価値が決まる美しさとは、別の物差しがありそうだと感じました。慶弔や貴族社会の風習における黒の意味合いなど、歴史や文化とも深く結びついていそうですし……。極端な話、いま私たちが何に価値を見出すかという感覚が、未来の宝石像をつくる可能性もあるのかもしれませんね。
石橋さん:
そうですね。宝石は、時代や文化と切り離せない存在です。文化的な視点で見る宝石の興味深さもある一方で、科学的な視点で見ると、また違った宝石の面白さが見えてきますよ。
黒の研究所:
なるほど……。それはぜひ、もう少し詳しく知りたいです。
___後編へ続く

石橋隆
一般社団法人地球科学教育機構 理事長。京都にある石の博物館、益富地学会館の理事・主任研究員や大阪大学総合学術博物館の研究員を経て、2024年より現職。地球科学の普及、専門家やアマチュア研究家への支援活動に従事するほか、鉱物や化石、地形の記載科学または文化地質学的研究で各地の野山に分け入る。著書に『プロが教える鉱物・宝石のすべてがわかる本』(ナツメ社)、『鉱物-石への探求がもたらす文明と文化の発展』(大阪大学出版会)、監修に『世界を魅了する美しい宝石図鑑』(創元社)などがある。1977年長野県松本市生まれ。現在は京都在住。