黒い宝石って、あるの?|後編
前編では「黒い宝石は存在するのか」という素朴な問いから出発し、定義や分類をたどりながら、黒い宝石の具体的な姿を見てきた。鉱物や天然のガラス、生物由来の素材。成り立ちや生まれを知ることで浮かび上がってきたのは、同じ「黒い宝石」という言葉で括られていても、本来の属性は想像以上に散らばっているという、興味深い事実だった。これほど顔ぶれが違うのなら、黒く見える理由も、やはり違うのではないか。さまざまな黒い宝石がもつ顔は、どのように育まれてきたのだろう。
後編では、石橋隆さんの話を手がかりに、黒い宝石が黒く見える仕組みを、光や構造といった視点から探求していく。
透明、白、黒。私たちは何を見ているのか
私たちの目に確かに映っているように思える“色”は、“事実”なのか、それとも“像”なのか。これまでのWONDERでも色や見え方についてたびたび触れてきたが、今回は宝石も例に出しながら、私たちが色をどう見分けているのかについて、石橋さんに話を聞いた。
石橋さん:
まず前提として、色というのは物質そのものがもつ性質ではないんですね。さまざまな波長が混ざった太陽光が石に当たると、一部の波長の光が吸収され、吸収されなかった波長の光だけが反射あるいは透過し、人間の目に届きます。その届いた光を「色」と呼んでいるだけです。
黒の研究所:
だとすると、鉱物や宝石に見られる色も「色がついている、ついていない」という単純な話ではなく、何によってどのような光が目に届いているかの違いだととらえた方がよさそうですね。
石橋さん:
鉱物や宝石の色を考えるときは、その視点がとても大事になります。たとえば「水晶」って、本来はカラーレス(無色透明)なんですね。ただ、内部に不純物や欠陥があると、特定の波長の光が吸収される。緑色に近い波長が吸収されると、結果として残った赤と青の波長が重なって紫に見える。実は、それが「アメシスト(紫水晶)」と呼ばれているものなのです。他の色鮮やかな宝石も本来はカラーレスのものも多く、物体そのものに紫や緑や黒が張り付いているのではなく、光が吸収される部分と反射される部分のバランスによって色が生まれているんです。

ウルグアイ、アルティガス、サン・エウヘニオ産 標本左右8cm
黒の研究所:
もともと名前も外見も知っているからでしょうか、アメシストが本来は無色透明の水晶だとあらためて聞くと不思議な感覚です……。理屈はわかっていても、やっぱり見えている色が本来のものだと思ってしまう自分がいます。
石橋さん:
白も面白いんですよ。白く見える状態というのは光が散乱することによって起こります。たとえば単結晶の「氷」はすごく透明度が高いのですが「雪を押し固めたもの」は白く見えますよね。あれは、結晶と空気の境界で光が乱反射しているからなんです。では黒は?というと……人間の目に見える光がほとんど反射も透過もしない、つまり“光が吸収され尽くした状態”ともいえます。ただし、吸収がどう起きているのかは宝石によって違ってくるので、このあと順を追って見ていきましょう。


黒い宝石は、なぜ黒い?
前編で紹介した宝石を並べてみると、同じ黒でも質感や深み、性質が異なっている。黒く見える=光が吸収や遮断された状態というのは共通していても、黒い宝石それぞれに、異なる成り立ちがありそうだ。宝石に作用している黒のメカニズムをひとつずつ見ていこう。
石橋さん:
前編では黒い宝石の多様さを、素材の違いや文化的な文脈から見てきました。後編では視点を少し変えて、それぞれがどんな物理的、化学的な仕組みで黒く見えるのかに目を向けてみましょう。
◼︎オニキス(黒メノウ)

ブラジル産
石橋さん:非常に微細な石英(=二酸化ケイ素の結晶)という鉱物が集まってできた石で、内部は層状の構造になっています。実は黒いオニキスには、人工的に染色されたものも古くから存在します。
ざっくり説明すると、結晶粒の間に多くある微細な隙間に砂糖水を浸透させ、加熱によって内部で炭化させることで黒く見せるのですが、表面のみを染めているのではないというのがポイント。オニキスの黒は、石英の隙間の多い集合体という素材の構造と、人為的な処理が組み合わさって生まれているということ。石の内部に炭水化物が入り込み、炭化することで、全体が黒として認識されるようになるのですね。
◼︎黒曜石(オブシディアン)

北海道河東郡上士幌町産 画像左右約8cm
石橋さん:黒曜石が黒く見える理由は、主に鉄を含む微細な鉱物粒子にあります。もともと黒曜石そのものは、飴色から赤みを帯びた色調をもつことが多いのですが、鉄鋼物の微粒子を多く含むと黒く見えるようになります。
たとえば北海道白滝産の黒曜石(紅十勝など)の研究では、黒い部分には磁鉄鉱の微細な結晶が、赤く見える部分には赤鉄鉱の微細な結晶が含まれていることが報告されています。黒曜石の黒は、ガラスの中に分散した鉄系鉱物がつくり出している色なのです。
◼︎黒蝶真珠

沖縄県石垣島川平湾で養殖 直径8mm
石橋さん:黒蝶貝という貝が体内でつくり出す“生物由来”の宝石材で、主な成分は炭酸カルシウムとタンパク質です。黒い真珠のなかには人工的に着色されたものもありますが、黒蝶真珠は、処理を施さなくても自然に黒く見える唯一の真珠です。ただし実際には一色ではなく、緑や紫、青、銅色などの色が、層構造による光の干渉で揺らぎます。いわゆる構造色と呼ばれるもので、色味は層間の厚みによって差が生まれます。
黒く見える理由としては、そもそも母体である黒蝶貝の殻自体が、アコヤ貝に比べて暗い色調をもっていることが関係しています。黒蝶真珠の黒は、光を吸い込む黒というより複数の色が重なり合った結果として現れる、深みのある黒だと言えるでしょう。
◼︎ジェット(黒玉)

ウクライナ産 左右約2cm
石橋さん:ジェットは鉱物ではなく、樹木が起源となった有機質の宝石材です。水中に埋没した植物遺骸が、長い時間をかけて圧縮され、水分やガス成分が抜けていくことで、黒く緻密な状態へと変化していきます。この過程で有機物が黒檀のように変質し、光をほとんど通さない深い黒になります。ジェットの黒は、鉱物の結晶構造や微粒子によるようなものとは違い、有機物そのものが変質して生まれた黒です。
◼︎スモーキークォーツ(煙水晶)

岐阜県中津川市日曹高根鉱山産 標本左右約4cm
石橋さん:スモーキークォーツは産地によって色の幅があり、淡いグレーから、ほとんど黒に近いものまで存在します。先ほど申し上げたように、水晶そのものは、本来は無色透明の鉱物です。ただし、結晶が成長する過程でリチウムやアルミニウムといった微量の不純成分が入り込み、さらに周囲の岩石に含まれる放射性鉱物から自然放射線を受けることで、結晶内部にわずかな欠陥が生じます。
この欠陥は「色中心」と呼ばれ、光の通り道に影響を与えます。可視光の広い波長域が吸収されるようになるため、光の吸収が強くなるほど、黒っぽく見えるようになるのです。
◼︎ブラックダイヤモンド

ブラジル、ミナスジェライス州産 標本長径約1.2cm
石橋さん:ブラックダイヤモンドには2つのタイプがあります。ひとつは無色透明の単結晶ダイヤモンドで、炭素を主成分とする物質が結晶に含まれるものや、人工的に放射線処理などによって黒く着色したもの。もうひとつが天然のブラックダイヤモンドで「ボルツ」や「カーボナード」と呼ばれる、微細なダイヤモンドの結晶が集まった多結晶体です。一般的に知られている煌びやかなダイヤモンドは、透明な単結晶が研磨されたものですが、この多結晶体では、結晶同士の粒子間(結晶粒間)にグラファイト(黒鉛・石墨)など、同じ炭素でも結晶構造の異なる黒色の物質が含まれます。そのため、全体として黒く見えるのです。
◼︎ブラックトルマリン(鉄電気石)

福島県石川郡石川町和久産 中央の結晶の長さ約1.5cm
石橋さん:トルマリンはもともとカラーバリエーションが非常に豊富な鉱物で、ひとつの結晶のなかで色が移り変わることもしばしばです。これは、結晶が成長する過程で起こる成分の変化が光の吸収のされ方に反映されると考えられています。
ブラックトルマリンは、主成分として鉄を多く含みます。鉄を多く含むことで黒色に発色し、さらに結晶自体が不透明なため光をほとんど通しません。その結果、ほかのトルマリンよりも一層強く黒く見えるのです。
◼︎ヘマタイト(赤鉄鉱)

ブラジル産 最も大きなもので長径約3cm
石橋さん:ヘマタイトは鉄と酸素が結びついた「鉄の酸化鉱物」で、鉄の原料にもなる非常に重要な鉱石でもあります。
前編でも述べたように粉末にすると赤褐色になる一方で、肉眼サイズの結晶や緻密な集合体になると、見た目は赤ではなく金属光沢を帯びた鋼のような黒色になります。光が吸収されて黒く見えているというよりも、金属的な表面で光が強く反射する一方、内部にはほとんど光を通さないため、結果として黒っぽく見えていると考えられています。
黒を巡り、知識と知識が繋がっていく不思議
黒の研究所:
鉄を含むことで光を通しにくくなる黒曜石やブラックトルマリンもあれば、スモーキークォーツのように、結晶内部の欠陥が広い波長を吸収することで黒く見えるものもある。どの黒い宝石にも光の吸収が関わっている一方で、背景にある構造は本当にさまざまですね。なかでも意外だったのは、オニキスのように人工的な着色によって黒がつくられてきた例もあるということでした。
オニキスの着色に用いられる「炭化」という現象はWONDER#11で学んだものでしたし、光の吸収と黒の深い関わりにいたってはWONDER#2、#4、#5など、これまでの回でも多く触れてきました。それぞれ別の分野の問いとして向き合ってきたはずなのに、得てきた知識が徐々に結びついていく。不思議で、嬉しい体験だなと感じています。
石橋さん:
そうですね。私自身が感じる、鉱物を深掘りする面白さにも通ずるものがあるかもしれません。最初の入口は、たとえば「かたちが不思議だな」とか、見た目に惹かれるところから始まることが多いですね。でも知識が少しずつ増えてくると、段々と「もっと知りたい」とか「これは誰かに伝えたいな」という方向に興味が移っていくんです。
見た目の不思議さから、知識欲の方へ引き込まれていく感じでしょうか。ひとつの「なぜだろう」が解けると、それが別の「なぜだろう」のヒントになることがよくあります。「あ、これと同じ構造だ」とか「条件が似ているな」とか。俯瞰してみたときに共通要素が掴めてくるのが面白いところです。
黒の研究所:
今回黒い宝石を追いかけているなかでも、分野は違うはずなのに「あ、これも繋がっていたんだ」と腑に落ちる感覚がたびたびありました。知ること自体がゴールというより、知ったことが次の問いを連れてくる感じがします。
石橋さん:
まさにそれですね。一つひとつは断片的な知識でも、数が増えてくると経験則が蓄積されていく。そうすると「これらの鉱物は一緒に出やすい」「これらは似た環境で生まれる」といったことが、感覚として繋がってきます。数を集めたり、珍しいものを手に入れたりする楽しさとは少し違って、仕組みを理解して、それを誰かに見せたい、伝えたいと思えるところに、研究や教育の面白さがあるのかもしれません。
黒の研究所:
黒い鉱物や宝石をきっかけに、身のまわりの物質や、それぞれの背後にある“前世”のような存在に関心が広がっていく連鎖が生まれたら、とても豊かなことだなと思います。
石橋さん:
そうですね。ひとつの色からでも、世界の見え方はずいぶん変わりますから。
黒い宝石が黒く見える理由を追いかけていくと、そこには光との関係があり、構造があり、時間の積み重ねがあった。
黒は何もない色ではなく、何かが起きた痕跡なのかもしれない。ふと身の回りを見渡してみると、黒く見える物質は、思っている以上に多い。
それらの黒は、どのように光を受け、どのような過程を経て、いま目の前に在るのだろう。そう考えたとき、私たちの目に映る黒は、より一層深みを帯びてそこに佇む。

石橋隆
一般社団法人地球科学教育機構 理事長。京都にある石の博物館、益富地学会館の理事・主任研究員や大阪大学総合学術博物館の研究員を経て、2024年より現職。地球科学の普及、専門家やアマチュア研究家への支援活動に従事するほか、鉱物や化石、地形の記載科学または文化地質学的研究で各地の野山に分け入る。著書に『プロが教える鉱物・宝石のすべてがわかる本』(ナツメ社)、『鉱物-石への探求がもたらす文明と文化の発展』(大阪大学出版会)、監修に『世界を魅了する美しい宝石図鑑』(創元社)などがある。1977年長野県松本市生まれ。現在は京都在住。