クリエイターの黒い愛用品 vol.010 村田裕樹さん

今回のBATONは...
村田裕樹 研究員

村田裕樹  STUDIO MOMEN 代表 / デザイナー / 農家

兵庫県・多可町の棚田の村、岩座神(いさりがみ) を拠点に生地のデザインや、農業をしています。カーテンなどのインテリアや布もののデザイン制作、企業のユニフォームの提案などファブリックディレクション全般と、農業はコットンの栽培や、お米も作っています。インフラの自給や、循環型の暮らしから始まり、自然の一部のように美しい、これからの世界のあるべきテキスタイルデザインの姿を生み出せたらと思っています。

 

 

さまざまなジャンルのクリエイターが愛用する、黒い愛用品。定番品として今も買うことのできるものから、今ではもう手に入らないレアグッズまでご紹介いただきながら、黒のバトンを繋いでいく連載です。

1. シェーカーストーブ/鳥倉ストーブ

シンプルなフォルムのシェーカー型の薪ストーブです。19世紀ころまでアメリカで活動「シェーカー教徒」によって創られたストーブの形。 文明を離れ自給自足の生活を送り、美しい家具や生活の道具を作っていました。

毎朝、まだ外が暗い頃にコーヒーを淹れ、薪ストーブに火をつけるのがルーティーンです。小さく割った焚付に火がつき、パチパチと音を立てながら段々と大きな薪に炎が広がって行きます。冷えた部屋の温度がじんわりと上がって来て、よし、という気持ちでデスクに向かいます。夕食時には、炉の中では直火のオーブンとして、天板には鍋が所狭しと並ぶ。電気を引いていないオフグリッドの家の暮らしに欠かせない道具です。

布のデザインが仕事の私にとって、黒は贅沢な色。エネルギーや資源を沢山投入しないと、黒く染めることは出来ません。最近はマテリアルそのものの色から離れ過ぎた色を選ぶことが少なくなりました。だから僕の身の回りにある黒は、素材そのものの色、もしくは黒である意味のあるものが多いことに気が付いたんです。

鉄はマテリアル自体が黒味を帯びている。部屋のなかに黒いものが少なくても、素材そのものの色であれば、自然と溶け込んでくれるものです。

2. Voigtländer単焦点レンズ 21mm,35mm,50mm,75mm /   コシナ

日本で作られている、単焦点レンズです。自分が好きな焦点距離をピックアップして揃えていて、カメラが変わっても取り回せる用に、すべてLeica M mount で揃えています。

こちらは仕事や日常の写真、動画撮影に使います。新旧様々なレンズを使っては手放し試行錯誤してきた中で、自分に必要なレンズを吟味してたどり着いた答えです。完璧すぎる光学設計のものではなく、現代の技術の中で、あえて光の滲みや、歪みが僅かに残る設計のものを揃えています。撮影は、自分自身の思考を客観的に覗き込んだり、インスピレーションを溜める大切な手段です。「目と記憶」は高性能であいまい。その塩梅がこのレンズとちょうど合っているようで、心地よいのです。

カメラや写真は反射や映り込みを防ぐために黒が理にかなっています。必然性を伴う色は、美しいですね。

3. 裁ち鋏 / 多鹿治夫鋏製作所

兵庫県小野市、刃物の産地で製造されている、小ぶりな裁ち鋏です。

布を扱う仕事のため、裁ち鋏は欠かせません。中でもこの小ぶりなサイズの裁ち鋏が特に気に入っていて10年以上使っています。長い距離を切るときは大きさが必要ですが、私の用途では、小回りの効くこのサイズが丁度よい。薄く軽い刃ですが、持ち手のサイズは通常の裁ち鋏と同じくらいで設計されていて、疲れにくい。長い歴史のなかで磨かれたデザインだなと使うほどに感動します。

4. モノクロフィルムの家族写真

年に一度モノクロのフィルムで家族写真を撮っています。夫婦ふたりから始まり、少しづつ年を重ね、家族が増え…と少しづづ変化する家族の様子を撮ってもらっています。

いつも見える棚に飾っている家族写真です。銀の粒子を定着し、美しくプリントされた写真は物体としてその場所に存在してくれ、ここが家族の場所であることを表現してくれている気がします。簡単なことで飛んでしまう0か1かのデータとは違うものとしての安心感と強さを感じさせてくれます。

世界の光を黒の濃度だけで表現するモノクロフィルム。還元した銀粒子が定着してネガフィルムに黒い影を作ります。銀の粒子に光が多重に散乱し、光を吸収するため黒く認識されます。モノクロフィルム写真は目に見えている世界をすべて黒に置き換えてしまいます。複雑な景色も目に見えるものはすべてが光であり、昼の明るさや、夜の暗さをあらためて感じさせてくれます。